336 生まれ出づる悩み
東方魔道師たちに誘拐されたゲルヌ皇子を救うため、エイサに集まっていた面々の内、商人の都サイカに戻るウルス王子、ツイム、ギータの三人に、サイカで龍馬を借りる予定のゾイアも同行することとなった。
ゲルヌが手配させた二頭の馬に、ウルスとツイム、ギータとゾイアが跨り、愈々出発するため、厩舎から公道に出た。
見送るのはゲルヌと、渋々残ることになったクジュケである。
東方魔道師から寝返ったシャンロウは、面倒なことにならぬよう、まだ表には出て来てはいない。
ゲルヌは先ず、同年齢のウルスに言葉を掛けた。
「サイカもまだ復興の途中だというのに、救けに来て貰ってすまなかった。こういう事態となり、余はそちらを手伝えなくなったが、よろしく頼む」
「うん。ぼくはゲルヌ程軍事には詳しくないから、その辺はツイムに任せるつもりさ」
ウルスを前に乗せているツイムは、小さく「はっ」とだけ応えた。
責任の重さを感じているようだ。
ゲルヌは「それがいい」と頷いていたが、急に何かを思い出したように「おお、そうだ!」と声を上げた。
「うっかりしていたが、今日はウルスの誕生日ではなかったか?」
ウルスは少し含羞んで「うん」と言ったが、「でも」と少し悲しそうに首を振った。
「まだ母上の喪が明けないから」
「そうか。そうだな。実は、余も来月十一歳になるが、とても祝える状態ではない。来年には、共に十二歳を喜べるようにしたいな」
「そうだね。それじゃあ、ゲルヌも気をつけて」
差し出されたウルスの手を握り、ゲルヌは珍しく目を潤ませた。
「ああ。こちらも、落ち着いたら連絡する。すまないが、行先だけは教えられぬが」
「いいさ。秘密というものは内側から漏れるって云うしね」
横に並んでいる馬上のギータが「そのとおりじゃ」と告げた。
「秘密を守ることがゲルヌを護り、その行先をも護ることになるんじゃ」
ギータにはその行先の見当がついているようだったが、敢えてそれ以上は言わなかった。
ゲルヌにはそれがわかったらしく、「すまぬ」と感謝した。
「しかし、当面は余よりも、おぬしらの方が危険な状態に置かれる。赤目族に聞いたが、今、このエイサには強力極まりない結界が張られているらしい。少しでも理気力を持つ者は、出ることはできても入ることは適わぬ。逆に、おぬしらが結界の外に出れば、再び東方魔道師の脅威に曝されることになる」
「そうじゃな。が、まあ、わしらは西南へ向かう故、かれらの勢力圏からは遠ざかることになる。油断せずば大事あるまい。のう、ゾイア?」
自分の前に乗っているギータに同意を求められたのに、ゾイアは一呼吸遅れて「うむ」とだけ答えた。
ギータは小さな首を捻り、後ろにいるゾイアの顔を見上げた。
「どうしたんじゃ? まだ身体に違和感があるのか?」
ゾイアは夢から醒めたように、軽く頭を振った。
「いや、そうではない。今日がウルスの誕生日と聞いて、ふと思ったのだ。われはどうなのだろうと」
「どう、とは?」
「われには、スカンポ河の畔でウルスに出会う以前の記憶がない。逆に記憶を失ったタロスどののように、元に戻れる保証もない。いや、そもそも、戻るべき元の姿があるのかどうかもわからぬ」
ずっと黙っていたクジュケが、思わず「ケ」と言い掛けたところで、ゲルヌが袖を引いて止めた。
ギータも、これ以上この話題に深入りしない方がいいと思ったようで、「おぬしらしくもない」と苦笑した。
「そういうことを気にしないのが、おぬしの強みではないか」
「ああ、そうだな。うむ。すまなかった」
ゾイアは、一見納得したように取り繕ったが、そうでないことは、その場の全員が薄々感じたであろう。
そのモヤモヤを吹き消すように、ツイムが「そろそろ参りましょう!」と声を張った。
ゲルヌがホッとしたように「気をつけてな!」と手を振り、二頭の馬が並んで走り出した。
ゲルヌはエイサの結界の外に出るウルスたちの身を案じたが、東方魔道師たちの上司である宰相のチャドスは、別の手段を採ろうとしていた。
一つには、ヌルギス皇帝直属の東方魔道師であるタンリンに、不信感を持つようになったためである。
「明らかに、わしの監視役だ。油断も隙もないわい」
皇帝宮東端の塔にある、お気に入りの執務室でチャドスが愚痴を零している相手は、遠縁の警備団長チャロアであった。
チャロアは、ゲルヌによってエイサを追放され、元々担当していた暗黒都市マオロンにも戻れず、奪った龍馬で長駆帝都ゲオグストまで逃げ戻ったのである。
部下には横柄なチャロアも、親類の出世頭であるチャドスの前では鍔広の帽子も脱ぎ、平身低頭で尋ねた。
「ならば、如何されまするか?」
チャドスはニタリと笑って答えた。
「魔道が通じぬなら、剣で斬ればよいのだ」
その頃、皇帝ゲルカッツェの謁見室に、見上げるような体格の年配の男が現れた。
髪は燃えるように赤く波打ち、顔の下半分を覆う髭も真っ赤な色をしている。
生粋のガルマニア人であろう。
人払いがされているらしく、いつもの美女軍団も、ドランもいない。
大男は片膝をついて頭を下げ、利き腕を後ろに廻して、ゲルカッツェに臣下の礼をとった。
「皇帝陛下のお呼びにより、かくも参上仕りました」
ゲルカッツェは幾重にもなった顎の肉を揺らし、嬉しそうにヘラヘラと笑っている。
「ああ、よく来てくれたね、ツァラト将軍。頼みがあるんだ」
ツァラトは首を傾げた。
「はて、何でございましょうや?」
「うん。弟のゲルヌを殺して欲しいのさ」




