335 挑戦者たち
当面は攻撃しないと約束したはずのバロードが、西側国境に大軍を集結させつつあるとの情報に、ニノフたち暁の女神の砦は危機感を募らせていた。
そのような中、ルキッフの許からの帰途、エオスに立ち寄ったタロスは、不在のゾイアに代わって軍を率いて欲しいとニノフに頼まれる。
思い悩むタロスを、ゾイアの副将であるペテオが自分の私室に連れて行き、説得を試みた。
その席で、ゾイアが人間ではないと知りながら深い信頼関係にあるらしいペテオに、その理由を尋ねたタロスに対して、ペテオは逆にゾイアと話したことがないからだろうと反発する。
「ゾイアの大将が普通の人間じゃないことぐらい、みんなわかってるさ。だが、そんなことを気にするやつなんて、うちの軍には一人もいねえよ。ゾイアはゾイアだ。めちゃめちゃ強いし、頼りになるし、そして、何よりもおれたちのことを思ってくれている。大事な仲間だ。おれも長いこと傭兵稼業をやってきたが、本当に自分の大将にしたいと思ったのはゾイアだけさ」
「そうか。変なことを聞いて、申し訳なかった」
タロスの思いは複雑であったろう。
自分そっくりのゾイアが褒められれば褒められる程、自分の無力さを思い知らされるのだ。
ペテオもそれに気づいたのか、少し顔を赤らめて頭を下げた。
「こっちこそ、すまねえ。別に、あんたをどうこう言ってるんじゃないんだ。おれの言い方も悪かった。あんたはあんたとしてやってくれればいい。ゾイアの身代わりじゃなく、あんた自身としてな」
「そうだな。わたし自身としてか。うむ。やってみるか」
あまりにもアッサリ承諾されて、説得していたペテオの方が驚いた。
「えっ、いいのか?」
タロスは苦笑しながら頷いた。
「確かに実戦で隊を指揮したことはないが、兵法の基本は学んでいる。王子さま付きに抜擢されなければ、一軍の将を目指すつもりであった。興味はある。それに」
「それに?」
タロスは珍しくニヤリと笑った。
「こう見えても、わたしは負けず嫌いなのだよ」
ペテオもプッと吹き出し、二人は互いの肩を叩きあって笑った。
その少し前、新たな挑戦をしようとするもう一人の男が、沿海諸国のカリオテの大公宮で交渉を始めていた。
「いきなり軍艦を一隻くれとは、どういうつもりじゃ?」
人の好いスーラ大公は、相手の無礼を咎めず、穏やかに聞き返した。
軍艦が欲しいと言ったのは、ボサボサの赤い髪を一纏めに縛り、動物の毛皮を繋いだ珍妙な服を着た、日に焼けた若者であった。
ガルマニア帝国のかつての皇太子、ゲーリッヒである。
ゲーリッヒは、両方の眉を上げて、惚けたような顔をした。
「カリオテがくれないんなら、沿海諸国の他の国を当たるだけさ。まあ、どこの国にとっても損な話じゃねえとは思うぜ」
あまりにも失礼な態度に、ゲーリッヒを案内して来た秘書官が堪りかねて止めようとするのを、スーラ大公が目顔で制した。
「話の内容次第だが」
「まあ、話し下手で良けりゃ、少し喋ってもいいぜ」
「おお、頼む」
知ってのとおり、おれのおふくろは森の民、あんたらの言う野人だ。
おやじのゲールがまだ若い時、ガルム大森林の奥地に狩りに行って見初めたらしい。
その頃はガルマニアが帝国になる前で、おふくろがおれを身籠った時には、おやじも周りのみんなも跡継ぎができたと喜んだそうだ。
その後、国がどんどん大きくなり、おやじの後宮にも妻妾が増えてくると、おふくろもおれも立場が微妙になってきた。
だが、おやじはああ見えて情のある人で、誰にも文句を言わせないために、おれを皇太子に指名してくれた。
本当は自由に生きたかったおれにとっちゃ、有難迷惑だったけどな。
まあ、おやじのことより、おふくろを護りたくて、おれは皇太子になったのさ。
だから、おやじが死んだ時、自分から皇太子を下りて、清々してたんだ。
これで生命を狙われることもないだろう、とな。
ところが、チャドスの野郎はしつこかった。
おれが生きてる限り、安心はできないと思ってやがる。
へへっ、当たってるけどよ。
いずれ、おやじが死なざるを得なかった真相を暴いて、あいつを吊るしてやろうとは、思ってたさ。
尤も、帝位に未練はねえから、ゲルカッツェでもゲルヌでも、やりたいやつがやればいい。
なんの話だったっけ?
ああ、そうか。
で、チャドスの野郎の刺客はそのたびに斃してたんだが、最近は東方魔道師とかいう厄介な連中が来るようになって、ちょっと手を焼いてる。
その連中は例の東廻り航路でマオール帝国から来るんだが、その頻度が最近特に増えてきた。
だから、軍艦を貰って、連中の船を沈めてやろうと思ってる。
勿論、森の民出身のおれには船は扱えないから、操舵術を教えてもらわなきゃなんねえけどよ。
聞けば、あんたらもマオールの連中には困ってるらしいじゃねえか。
どうだい、おれに軍艦を一隻、任せてみねえか?
秘書官が何か文句を言う前に、スーラ大公は「よかろう」と諒承し、ゲーリッヒを真似るように、惚けた顔をして笑った。
「但し、おまえに操船は無理だろう。船長を付けてつかわす。ちょっと気の強い、女だがな」




