331 ケルビム
自らの影響力でゾイアを変身させてしまったゲルヌ皇子は、ウルスラ王女に説明を求められた。
言葉を濁すゲルヌに、小人族の情報屋ギータが他言しないと約束する。
ゲルヌは赤目族との約束で全ては明かせないと断った上で、二人に話し始めたのである。
さて、これから述べることは、別れ際に赤目族の神官が余にだけ語ってくれたことだ。
大半はクジュケにもまだ話していない。
そのつもりで聞いてくれ。
ウルスラは、多少サンジェルマヌス伯爵より聞いているかもしれぬが、長命族や両性族などの失われた十種族は、今は海中に没してしまったダフィニア島という所に住んでいたらしい。
その後、失われた種族は、当時は未開の地であった中原に渡り、普通の人間たちと、時には争い、時には交わり、中原を文明化して行った。
最終的には、かのアルゴドラス聖王によって中原全体が統一国家となる訳だが、その少し前、ある事件があった。
赤目族、即ち、元の主知族が云うところの『イサニアの屈辱』というものだ。
かれらにとっての神器である『干渉機』をアルゴドラスに奪い取られた、という事件だ。
この『干渉機』が所謂『アルゴドラスの聖剣』だ。
これがどういうものかを説明するには、更に超太古にまで遡らねばならない。
余も詳しくは聞いておらぬが、かつて中原には高度に発達した超古代文明があったという。
その文明の担い手こそ、ノシス族の先祖であったらしい。
そこに、ある災厄が起きた。
災厄というより、事故というべきかもしれぬ。
外の世界、と言っても、わからぬだろうが、まあ、そういうものがあると思って聞いてくれ。
その外の世界から、ある巨大な乗り物が落ちて来たのだ。
その被害は凄まじく、ノシス族の文明を破壊してしまった。
多くの犠牲者を出しながらも、かれらはダフィニア島に逃れ、文明を再構築した。
かれらこそ、失われた十種族の共通の祖先なのだ。
ところで、ダフィニア島に渡る前、事故の影響から一刻も早く逃れなければならなかったため、元のイサニアの地に多くの超古代文明の利器が残されたままであった。
ダフィニア島が水没して中原に戻るしかなくなった時、ノシス族の直系の子孫たちは、真っ先にイサニアを目指し、地中に埋もれた超古代文明の利器を探した。
その一つが『干渉機』であった。
既に祖先の叡智を失っていたかれらは、使用法もわからぬまま、神器として崇め、地中に残っていた外の世界の乗り物をそのため神殿として利用した。
こうして、地下に神殿を持つ自由都市として、イサニアは一旦は復活した。
その後にイサニアを訪れたアルゴドラスは、奸計を以て『干渉機』を奪い、それを使って易々と中原を統一したのだ。
あろうことか、その際、自由都市イサニアは完膚なきまでに滅ぼされ、住民は全て当時の古代バロード聖王国の王都ヤナンに連れ去られた。
これを『ヤナン虜囚』と呼ぶそうだ。
虜囚となったノシス族は弾圧を逃れるため、地下に潜った。
これが、赤目族誕生の契機となった。
実は、『干渉機』以外に掘り出されたものが、二つあった。
一つは『機械魔神』だ。
岩盤に穴を開け、隧道を掘る作業などに使うものだ。
これによって、古代神殿の一部も造られた。
これも超古代文明の利器であったが、『干渉機』と同時にアルゴドラスによって奪われた。
そして、もう一つが『有翼獣神』だ。
前の二つと違い、これは超古代文明の利器ではない。
実は、外の世界から落ちて来た乗り物に、元々乗っていたものだそうだ。
アルゴドラスはケルビムをも奪おうとしたが、何故かできず、二千年の間、行方不明になっていたらしい。
赤目族たちにも、ケルビムが本当は何なのかわからぬという。
但し、ケルビムという言葉に反応して命令に従うから、外の世界の利器なのかもしれない。
余にわかっているのは、ここまでだ。
ギータはゲルヌの言葉を反芻するように、目を瞑ってブツブツと呟いている。
一方、ウルスラは、自分の知力の無さを嘆くように、頭を抱えていた。
「わたしには、到底わからないわ。わかるのは一つだけ。お祖父さまは、決して聖王などではなかった、ということよ」
「お祖父さま?」
殆ど二人同時に尋ねられ、今度は、ウルスラが説明する番となった。
一方、漸く別室の寝台にゾイアを寝かしたクジュケとツイムは、互いの労をねぎらっていた。
「魔道師に力仕事をさせて、すまなかったな」
ツイムがそう言うと、クジュケはサラサラした銀髪を振って笑った。
「魔道で運ぶのは危険かと思いましたので。何しろ、ゾイア将軍のことはわからないことだらけですから」
「そういえば、ゲルヌ皇子が妙な言葉をいってたな」
「ああ、ケルビムですね。あれは神話に出て来る翼のある存在で」
そこまでクジュケが喋ったところで、気絶していたはずのゾイアが、ムクリと起き上がり、こう言った。
「ご命令は、何でしょう?」
ギョッとして二人がゾイアの顔を見ると、全くの無表情であり、いや、それどころか、人間らしい感情も感じられなかった。
その頃、ゾイアの人間らしさの原型となったタロスは、『荒野の兄弟』の砦を出て、一旦暁の女神の砦を目指していた。
バロードからの危険が迫っていることを知り、それをニノフに伝えるためである。




