330 反転攻勢(3)
エイサの会議室で今後の方針を話し合う席上、ゲルヌ皇子は反転攻勢を宣言した。
その昂揚感からかゲルヌの額に赤く光る第三の目が現れ、それに反応するようにゾイアの獣人化が始まった。
理性を失い、仲間たちに襲い掛かるゾイア。
それを止めたのはゲルヌの命令であったが、ゾイアは普通の人間の状態を跳び越え、光りながら丸みを帯び始めていた。
クジュケは腕に抱えているゲルヌに、必死に懇願した。
「また初期化したら、今度こそ元に戻せる保証がありません! ゾイア将軍の状態に留まるよう、命じてください!」
「わかった。やってみよう」
額の第三の目を赤く光らせながら、ゲルヌは再びゾイアに命じた。
「有翼獣神よ! 人間形を保て!」
すると、ゾイアの変化が止まり、光が薄れると共に人間の体型に戻った。
但し、気を失っているらしく、その場に崩れるように倒れる。
その場の全員がホッとして落ち着きを取り戻したところで、ツイムに抱えられたウルスラが「ありがとう。もう降ろしてちょうだい」と頼んだ。
同様にクジュケの腕から床に降ろされたゲルヌは、既に額の目も消え、いつもと変わらぬ冷静さで倒れているゾイアの傍に歩み寄った。
「気絶しているだけのようだ。寝台まで運んでやってくれ」
他人を呼ぶ訳にもいかず、大人であるクジュケとツイムの二人でゾイアの身体を持ち上げた。
「やっぱり、重たいな」
頭の方を持ったツイムが言うと、脚を抱えたクジュケが笑った。
「この重さに安堵しました。初期化すると、羽根のように軽くなりますから」
二人がゾイアを運び出した後、残された三人はそれぞれの高椅子に戻った。
席に着くや否や、好奇心を抑え切れぬ様子のウルスラが、ゲルヌに問い質した。
「いったい、これはどういうこと? わたしにもわかるように、説明してよ」
ゲルヌは少し考えて、珍しく苦笑した。
「実は、余も完全にわかっている訳ではない。それに、赤目族との約束もある」
不満げに頬を膨らませるウルスラを執り成すように、今度はギータが尋ねた。
「言える範囲で構わんから、教えてくれぬか。わしは情報屋だが、それだけに厳しく自分を律しているつもりじゃ。それはウルスラとて同じこと。他言無用であることは、充分わかっておるさ」
ゲルヌは、また苦笑する。
「誤解しておるようだな。先程から言っておるように、余がハッキリしたことを言えぬのは、赤目族との約束があるからだ。決して、おぬしらを信じておらぬからではない。まあ、約束に触れぬ程度に説明してみよう。余にも理解できぬ点が多くある故、わからないところは、その都度聞いてくれ」
その頃、反転攻勢を目指すもう一人の男が、沿海諸国を訪れていた。
カリオテの大公宮では、先日の海賊に続き、予想外の相手からの接触に戸惑っていた。
「本当に本人か?」
スーラ大公に聞かれた秘書官は、不快そうに頷いた。
「噂どうり、ボサボサの赤い髪を一纏めに縛り、動物の毛皮を繋いだ珍妙な服を着た、日に焼けた若者でした」
「正に野人だな」
「追い返しますか?」
スーラ大公は、人の好さそうな顔を少し顰めたが、首を振った。
「いや。会おう。通してくれ」
秘書官に案内され、謁見の間に入って来たのは、ゲルヌの長兄のゲーリッヒである。
日に焼けた顔から真っ白な歯を覗かせて笑っている。
「突然来てすまねえな。何しろ、チャドスの腹黒野郎の監視が厳しくてよ」
秘書官が「これっ、無礼であろう!」と窘めたが、スーラ大公は「よいよい、構わぬ」と笑顔を見せた。
「ガルマニア帝国のゲーリッヒ皇太子、あ、いや、皇子よのう」
「もう皇子ですらないさ。ただの野人だ」
「ほう。その野人が、わがカリオテ大公国に如何なる用事かな?」
ゲーリッヒは、また白い歯を見せた。
「おれに、軍艦を一隻くれねえか?」
一方、反転攻勢に踏み切れない者もいた。
「ゾイアの大将に戻って来てもらうしかないんじゃんねえですか?」
そう言ったのは、ペテオである。
言われたニノフは、悩んでいる。
ここはニノフの私室で、二人以外には誰もいない。
その日の朝、暁の女神の砦に、『荒野の兄弟』のルキッフから連絡が入った。
バロードから、味方になるよう圧力を掛けられている、というのだ。
「当分は攻めるようなことはしないと、父は言っていたはずなのだが」
いつになく煮え切らないニノフに、ペテオの方が熱くなった。
「そんなの、当てになるもんですか! あっ、すみません」
その時、部屋の入口から声がした。
「いや、謝るべきは、わしじゃ」
そこに立っていたのは、ケロニウスであった。
顔が蒼褪めている。
「おお、これは老師。如何されました?」
「バロードの西側国境付近に大軍が集結しておるそうじゃ。その数、凡そ二万」
「それは……」
絶句したニノフに、ケロニウスが頭を下げた。
「すまぬ。休戦の約束を取り付けたつもりであったが、見事に騙されておったようだ」
ペテオが苛立たしげに叫ぶ。
「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないでしょう! すぐにゾイアの大将に連絡しなきゃ!」
しかし、そのゾイアは、まだ意識不明であった。




