329 反転攻勢(2)
エイサの塔の一つにある会議室にゾイアたちは集まって、今後の対応を協議している。
六角形のテーブルの正面に座ったゲルヌ皇子は、徒ならぬことを述べた。
ブロシウスの謀叛が、実は、チャドスの陰謀であるとの証拠の一端を掴んだ、というのである。
ちょうど向かい合わせの位置に座っているウルスラが、「ああ」と声を上げた。
「宰相がゲルヌのお父さまを陥れたと言っていたわね」
ゲルヌは父の最期を思い出したのか、一瞬、沈痛な表情になった。
気丈に振る舞っていても、ウルスラと同じく僅か十歳か十一歳なのである。
が、癖のない赤い髪を揺らして首を振り、すぐに笑顔に戻した。
「先程も述べたように、エイサは防御のできない都市だ。いち早く危険を察知するため、周辺の情報を常に収集する必要がある。ところが、あの日に限って、それが為されていなかったのだ」
本来情報屋であるギータが頷いた。
「誰かが意図的に情報を止めたのじゃな」
「そうだ。それに気づいたカノンが父に異変を報せようとして、深手を負ったのだ」
ツイムも思い出して声を上げた。
「おお、あの時の魔道師だな」
カノンは自らは瀕死の状態ながらゲルヌを救いだし、サイカに匿って欲しいと連れて来た。
その時、ウルスラやギータと一緒に、ツイムもその場に居合わせたのである。
カノンはゲルヌの身を託すと、その場で息を引き取った。
父の死を思い出した時には耐えたゲルヌも、ホロリと一粒の涙を零したが、それを拭って話を続けた。
カノンも、当時は父がゲルポリスと改名していたこのエイサを情報の孤島にしたのが東方魔道師たちであり、それを裏で操っていたのがチャドスであることは察していた。
しかし、証拠はなかった。
ところが、ここに来て、東方魔道師の一人と出会ったのだ。
シャンロウという男だ。
余を誘拐する際、仲間に見捨てられたこの男は、マオール帝国の中でも虐げられている南人の、旧王族であるという。
そういう事情もあって、こちらの味方になってからは、積極的に知っていることを話してくれている。
その話の中で、直接本人ではないものの、仲間の東方魔道師たちが当時のゲルポリス封鎖に関わっていたと聞いたそうだ。
それだけではない。
その少し前、本国のマオールから派遣された艦隊が、沿海諸国に圧力をかける風を装いながら待機していたらしい。
ブロシウスの謀叛の直後、その艦隊の乗員と大蜥蜴の軍団が、ガルム大森林最南端の湊から上陸し、チャダイ将軍に率いられてブロシウスを討伐した。
つまり、最初から計画的であったのだ。
ブロシウスの謀叛から討伐までの期間が長引けば、各方面で戦っている将軍たちが戻って来てしまう。
だから、最速の方法でブロシウスを倒し、政権を奪取する必要があった。
それも、次兄のゲルカッツェに手柄を立てさせて、即位に異議が出ないようにお膳立てした上で、だ。
余は、以上のことを書状に認め、既に各方面の将軍たちに送っている。
それから、まだ所在がわからないが、長兄のゲーリッヒにも、協力を呼び掛けるつもりだ。
余はここに、反転攻勢を宣言する!
その瞬間、二つのことが同時に起きた。
ゲルヌの向かい側に座っているウルスラは、ゲルヌの額に赤い目のようなものが光るのを見た。
同時に、ゲルヌの横に座っているゾイアが、「うおおおおおっ!」と叫びながら、頭を押さえて立ち上がった。
ゾイアの筋肉が膨れ上がり、着ていた部屋着がビリビリに裂ける。
剥き出しになった皮膚から、ぞわぞわと獣毛が伸びてきた。
目は爛々と緑色に光り、ぬーっと顎が伸びて牙が生え出てきた。
ギータが高椅子の上に立ち上がって叫ぶ。
「いかん、ゾイアは理性を失っておる! クジュケはゲルヌを、ツイムはウルスラを抱えて逃げよ!」
クジュケとツイムが動き、それに反応して追いかけようとするゾイアの前に、ギータがピョンと跳んで立ち塞がった。
「よさんか、ゾイア! 正気に戻るんじゃ!」
だが、ゾイアは咆哮し、腕を伸ばして鋭い鉤爪でギータのクリっとした目を狙っている。
ウルスラの悲鳴のような声が上がった。
「ああっ、やめて、ゾイア!」
ウルスラの掌が突き出されたが、ゾイアの動きの方が速く、見えない波動は避けられてしまった。
鉤爪は、もうギータの顔直前まで迫っている。
その時、クジュケに抱えられているゲルヌが振り返り、大きな声でゾイアに命じた。
「やめよ、有翼獣神!」
今度こそ、ゲルヌの額に赤く光る第三の目を、その場の全員が見た。
しかし、そのことよりも、そのゲルヌの命令で、獣人化したゾイアの動きがピタリと止まったことに、皆驚いた。
ウルスラが、「どうして?」と尋ねたが、ゲルヌは答えず、更に命令を下した。
「ケルビム、変身を解除せよ!」
ゾイアの獣毛がみるみる消え、鉤爪が短かくなり、牙も消えた。
それどころか、身体全体が光り始めた。
クジュケの悲痛な叫びが聞こえた。
「いけません! また初期化してしまいます!」
だが、ゾイアの身体は光りながら、徐々に丸みを帯びてきていた。




