328 反転攻勢(1)
自分たちの肉体に戻ったウルスラは、野菜スープとライ麦パンを食べ終わると、ツイムの案内で下の会議室へ降りた。
ここは元々ケロニウスが執務室として使っていたものを、ゲール皇帝が策戦会議室に改装させたものである。
尤も、殆どのことを独断で決めていたゲールよりも、かれを倒したブロシウスの方がよく利用していた。
ゲールの好みでテーブルは丸ではなく、六角形をしている。
その正面に置かれた高椅子にゲルヌが座り、左側にクジュケ、右側にゾイアが並んでいる。
ゾイアの横にもハイチェアが二つ並んでいて、その一つにギータがチョコンと腰掛けていた。
残りのハイチェアにウルスラを座らせ、ツイムはその横の最後の一席を埋めた。
司会役は、やはりクジュケである。
「プシュケー教団のヨルムさまは、教主サンサルス猊下にご報告のため、一旦戻られました。また、シャンロウ氏については、ガルマニアの人々の反マオール感情が高まっており、無用の衝突を避けるため、当分表に出ないように説得しました。それでは、本題に入る前に、ウルスラ王女からお話がございます」
一度ツイムに話していたため気持ちも落ち着き、ウルスラは『荒野の兄弟』の砦で見聞きしたことを、上手く要点だけを纏め、淀みなく説明した。
実のところベゼルと親しく接した者はこの中にはおらず、それよりも、バロードが愈々ニノフを攻めそうだということの方が、反応が大きかった。
中でも、ニノフの軍事顧問的な立場にあるゾイアは、予め皆に断った。
「われは早急に戻らねばならぬようだ。この話し合いの後、すぐに出立したいと思う」
これには、隣のギータが頭を下げた。
「すまぬ。おぬしを無理に連れ出したからのう」
すると、正面のゲルヌが「この機会に、余から皆に話したい」と申し出た。
改めて、ゾイア将軍をはじめ皆に、お詫びとお礼を申し上げる。
ガルマニア帝国内の問題に巻き込んでしまい、本当に申し訳なかった。
そして、危険を顧みず、誘拐された余を救い出してくれて、心より感謝している。
それから、気になっている者もいるだろうが、古代神殿で余とクジュケが経験したことについては、案内役を務めてくれた赤目族との約束で詳しくは話せない。
許してくれ。
さて、この後のことだが、ゾイア将軍の話にもあったように、皆それぞれの立場があり、護るべきものがある。
遠慮なく、戻っていただきたい。
ただ、皆との連絡だけは、絶やさぬようにしたいと考えている。
ニノフどのの『暁の女神大公国』、サイカを中心とした『自由都市同盟』、そして、立ち上げたばかりのエイサの『神聖ガルマニア帝国』は、まだまだ弱小勢力に過ぎない。
このままでは、各個に潰されるだけだ。
しかし、サイカの包囲戦で経験したように、互いに協力すれば、生き残る術はある。
そして、できればこの、エオス、サイカ、エイサの三都市を中心に、中原を統一するのが理想だ。
そこで、余としては、『三都会議』とでも云うべきものを、定期的に開催してはどうかと思う。
場所は三都市で持ち回ればよい。
如何であろう?
まず、ギータが手を挙げた。
「そもそも『自由都市同盟』は、今ゲルヌ殿下が言われたような主旨で創ったものじゃ。ライナにも異存あるまいよ」
ゾイアも大きく頷いた。
「われも好いと思う。ニノフどのには、われから申し上げてみよう。ただ、一つ心配なのは、このエイサをどうやって護るのか、だが」
ゲルヌはゆっくり首を振った。
護るつもりはない。
いや、護ることはできない。
それは、父や、憎きブロシウスの例を見るまでもない。
このエイサはサイカの数倍の面積がある上に、周りを囲む城壁もなく、山も河もない平野の真ん中にある。
しかも、交通の要衝として、太く真っ直ぐな道が何本も交叉している。
二千年前、中原を統一したアルゴドラス聖王とて、ここを王都にはしなかった。
余もこの地を新たな帝都にするつもりはない。
いずれ、かつての魔道師の都に戻したいと思っている。
宗教都市というのが、この地のあるべき姿なのだ。
太古の時代からそうだったように。
ただ、当分の間は拠点として使わせてもらう。
ここで、ウルスラが発言を求めた。
「でも、ガルマニア帝国軍が攻めて来たら、どうするの?」
ゲルヌは笑顔で答えた。
「逃げるのさ。幸い、ここは逃げるのには向いている。兄やチャドスが怪しい動きを見せたら、都市そのものを放棄して逃げるつもりだ。今は千五百名程の兵力しかおらぬから、バラバラに逃げられる。すぐに占領されるだろうが、どうせ護り切れない。かれらも愚を悟って、撤退するしかない。その後、戻ればよい」
司会役であるはずのクジュケが、不安を抑えきれずに、「本当に大丈夫でしょうか?」と尋ねた。
ゲルヌは笑顔を崩さなかった。
「大丈夫さ。ジッと攻めて来るのを待つつもりなどない。攻めるのはこちらだ。すでに帝国の周辺で戦い続けている方面将軍たちには、接触を始めている。かれらには、宰相のチャドスに対する不信感が根強く残っている。ブロシウスの謀叛は、チャドスの陰謀ではないか、とな。余は、その証拠の一端を掴んだのだ」




