327 風になって
建物の外で待っていたルキッフは、ふと振り返ってギクリとした。
そこに、ティルスが立っていたのだ。
頬が濡れているが、何故か表情は呆然としている。
「おい、大丈夫か?」
返ってきた応えに、ルキッフは更に驚かされた。
「ここは、どこだろう?」
「あっ、おめえ、いや、あんた、名前は?」
相手は少し考え、「わたしはタロスという者だが、おお、そうだ!」と急に大声を出した。
「包囲軍はどうした? いや、それより、ウルスラ王女はご無事か? そもそも、ここはどこで、そなたは誰だ?」
ルキッフは、フーッと長い息を吐いた。
「ティルスの野郎、ベゼルが心配で、あの世までついて行っちまったか。まあ、その方が、おれも安心だ」
「何を言っている?」
「ああ、いや、こっちの話さ。ここは『荒野の兄弟』の砦で、おれは首領のルキッフだ。黒い眼帯なんぞをつけて人相を悪く見せてるが、野盗稼業は今はもうやってねえ。あんたらの味方さ。包囲戦には間に合わなかったから、あんたの記憶にはないだろうがね。ああ、心配しなくても、包囲戦は勝ったぜ。王女さまも無事だ」
「おお、そうか、良かった。ところで、中で人が死んでいるのだが、見ていると何故だか胸が痛む。あのままでは可哀想だ。懇ろに葬ってくれぬか?」
ルキッフは、また深く息をした。
「ああ、勿論だとも。だがな、もう魂はそこには居ねえよ。今頃は、あの世とやらで剣術の稽古に励んでいるだろうさ」
それを聞いて、ティルスの、いや、タロスの表情がフワッと和んだ。
「ありがとう。理由はわからないが、なんだか嬉しい気持ちになった」
「ほう、そうかい。で、あんた自身は、これからどうする?」
タロスは表情を引き締めた。
「サイカに戻る。包囲戦は勝ったと聞いたが、まだ安心はできぬ。わたしの役目は王子と王女を護ることだからな」
「そうか。まあ、もしかしたら、和平交渉とかで王女はサイカを出ているかもしれんが、行けば詳しいことがわかるだろう。道中に必要なものは、何でも言ってくれ。用意させる」
「すまない。では、早速支度するから、よろしく頼む」
タロスはやはり気になるのか、ちらりと後ろを振り返った。
だが、ルキッフはニヤリと笑って見せた。
「さっきも言ったろう。そこにやつらは居ねえよ。こっちさ」
ルキッフは、青空に吹き渡る風に向かって拳を突き上げ、叫んだ。
「ベゼル! ティルス! あばよ!」
タロスはサイカに向かうと言ったが、ウルス王子はまだエイサに留まっている。
ウルスは、目醒めるのと同時にウルスラがいないと気づき、不安で食事も喉を通らずに部屋で休んでいた。
と、軽く扉が叩かれ、ツイムの声がした。
「よろしいですか?」
「ああ、どうぞ」
ツイムは、盆の上にスープ皿を乗せて持ってきていた。
皿から薄く湯気が立っているのが見える。
「裏漉しした野菜のスープだそうです。せめて、これぐらい召し上がってください」
寝台の上で半身だけ起こしてボンヤリしていたウルスは、サイドテーブルを指差した。
「ありがとう。そこに置いておいて」
ツイムは、盆ごとサイドテーブルに乗せると、横の丸椅子に腰掛けた。
腕を伸ばし、「失礼します」と断って、ウルスの額に手を当てた。
「お熱はないようですね」
「身体は何ともないんだ。ウルスラのことが心配なだけさ」
「でも、以前同じようなことがあった時も、ちゃんと戻って来られたのでしょう?」
「うん。それは信じてる。だけど、なんて言ったらいいんだろう、普通の兄弟姉妹とは違って、ぼくらはもっと密接なんだよ。生まれてからずっと一緒だから、ウルスラが居ないというのは、それだけでとても、あっ!」
「どうされました!」
突然ウルスが大きな声を出したため、ツイムは椅子から立ち上がった。
ウルスが俯かずに正面を向いたままなので、スーッと瞳の色が薄れ始めているのが見える。
それが限りなく灰色に近いブルーになったところで、ポロポロと涙が零れてきた。
「ああ、ツイム、どうしましょう、わたしのせいで……」
「ウルスラさま、ですね?」
「決まってるじゃない! あ、ごめんなさい」
感情の昂ぶりを抑えられない様子のウルスラを、ツイムは優しく抱きしめた。
「大丈夫ですよ。落ち着いてからで結構ですから、何でも話してください」
「ああ、ありがとう。本当にごめんなさい。もう、大丈夫よ。ちゃんと話すわ」
まだ時々しゃくり上げながらも、ウルスラは自分が『荒野の兄弟』の砦で見てきたことを、気丈に話した。
「ほう、そうでしたか。タロスどのとは一緒に旅をしましたが、それとは別に、おれにとってティルスは共に戦った仲間です。さぞや悲しんでいるでしょうね。ですが、王女。それは王女の責任ではありませんよ。そのベゼルという男も、わが身を捨ててでも、仲間のティルスを護りたかったのでしょう。おれが同じ立場でもそうしたと思います」
「そうだと、いいけれど。ああ、そうだわ。あの時、あなたはわたしのために、そうしてくれたわね。改めてお礼を言います。ありがとう」
ウルスラは、戴冠式の際、ツイムが身を挺して救けてくれたことを思い出したのである。
ツイムは少し照れて「いいのです。おれがそうしたかったのですから」と笑った。
「それより、もう一度、さっきの話を皆の前でしていただけませんか? ちょうど今、集まって今後のことを話し合っているのです」
「わかったわ。でも、その前に」
ウルスラは、少し頬を赤らめて、早口で続けた。
「そのスープをいただいてもいいかしら?」
ツイムは嬉しそうに笑った。
「勿論ですとも。たんとお召し上がりください。なんなら、パンもお持ちしましょう」




