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326 別れ

 不運ふうんというのは、かさなるものである。

 そもそも仲間内なかまうちの集まりということで、ほとんどの参加者が何も武器をたずさえていなかった。

 また、急に少女のような言葉遣ことばづかいになったティルスを気味悪きみわるがって、ベゼル以外の全員が少し離れていた。

 さらに、『あかつきの軍団』にころの、かえって何でも部下にやらせていた印象イメージが強いバポロが、みずから剣をるうなど、誰も想像していなかった。

 そして何より、武芸ぶげい達人たつじんであるはずのティルスが、一時的に身体からだの動きをウルスラに制御コントロールされていた。

 二人の距離の近さや、バポロが突進して来た時のいきおいを考えると、本来なら、まず間違いなくティルスは死んでいたであろう。


「おお、なんてことだ。ベゼル、ベゼル、ベゼルーッ!」

 ティルスの悲痛ひつうな叫びが聞こえた時には、仲間たちが乱暴にバポロを取り押さえていた。

 その仲間たちに、普段ふだん見せないようなきびしい顔になったルキッフの怒声どせいが飛んだ。

「てめえら、少々いためつけるのはかまわないが、決してそいつを殺すんじゃねえぞ! そんなやつでも、バロードの正式な使者なんだ。殺せば戦争になる。牢屋ろうやにぶち込んでおけ!」

 ルキッフは声を落とし、ティルスに「その短剣は抜くな」と命じた。

 胸に短剣が刺さったベゼルをき起こしていたティルスは、ハッと顔を上げ、ルキッフの言葉の意味をさとった。

 この状態で短剣を抜けば、その瞬間にベゼルは死ぬであろう。

 ティルスがだまってうなずき、顔を上げるとひとみの色がまた変わっていた。

 ウルスラは、今にも泣き出しそうな声でびた。

「ごめんなさい。わたしのせいで、こんなことに……」

 ルキッフは、悲しそうに首を振った。

「王女さまのせいじゃない。悪いのはおれだ。バポロなんかを信じるなんて、おろかだったよ。それより、もう時間がない。おれたちも席を外すから、二人きりにしてやってくれ」

 再び頷くと、瞳の色はコバルトブルーに戻っていた。


 ルキッフはまだ残っていた仲間たちに、「みんな、外へ出ろ!」と告げ、自分も広間ホールから出て行った。

 その気配を感じたのか、閉じていたベゼルの目が少し開いた。

「ドジを、んじまったな」

 苦しげに息をしながらも無理に笑顔を作ろうとするベゼルを、ティルスは「あまりしゃべるな」とめた。

「いいんだ。喋ってる方が、気がまぎれる。おれも、そう、長くはない。最期さいごくらい、好きにさせてくれ」

 ティルスは込み上げて来るものを、グッとこらえた。

「気の弱いことを言うな。おまえらしくないぞ」

 ベゼルは、フッと笑った。

「そうだな。おれらしくない。おれも、こんな稼業かぎょうをしている以上、いつでも死ぬ覚悟はしていたよ。だが、無駄死むだじにだけはするまいと、心に決めてた。その願いがかなって、むしうれしいくらいさ」

 ティルスは小さく首を振った。

「まだだ。まだ早い。これからもっと稽古けいこして、強くなるんだろう?」

 ベゼルはまた少し笑った。

「無理さ。どんなに稽古したって、おまえにはかなわない。それは、最初の試合でわかったよ。こいつはとんでもないやつだ、とね。おれだって、腕には、自信があったが、心底しんそこ勝てないと、思ったのは、ルキッフと、おまえだけさ」

 ベゼルは息が苦しいのか、言葉が途切とぎれがちになってきた。

「もう、それくらいにしろ。少し休め」

「大丈夫、さ。これから、いくらでも、休める、からな。その前に、どうしても、言って置きたい、ことが、ある」

 ティルスの目からはもう涙がこぼれ落ちそうになっていたが、歯を食いしばってえ、たずねた。

「な、なんだ?」

 ベゼルの顔色はすで蒼白そうはくになり、息をするのも苦しそうになっている。



 おれは、親も、……兄弟も、いねえ。

 天涯孤独てんがいこどく、……ってやつさ。

 それが、ルキッフにひろわれ、……仲間が、できた。

 だが、こんな性格だから、……友だちは、できなかったよ。

 まあ、……それで、いいと、思ってた。

 おまえに、……うまでは、な。


 最初は、……にくらしかった。

 なんて、生意気なまいきな、……野郎やろうかと、思ったよ。

 だから、わざを盗んで、……そのうち、やっつけてやろう、と考えて、……おまえに、近づいたのさ。

 だが、おまえは、何のうたがいもなく、……おれを、受け入れた。

 おれが、おれのままでいいと、……それでいいのだと、言ってくれた。

 嬉しかった。

 生まれてはじめて、……おれは、自分自身を肯定こうていできた。

 これでいいんだと、自信が持てた。

 おまえと過ごす日々は、……楽しかった。

 おれにも友だちがいるんだと、……みんなに自慢じまんしたかった。

 だから、おまえの記憶が。


 ああ、もう、言ってもいいかな?

 おまえは、本当は、バロードの武将ぶしょうで、……王子さまの従者じゅうしゃだそうだ。

 その記憶が戻って、おれの知っているティルスでは……なくなった時には、悲しかった。

 もう、おまえには、逢えないんだと、あきらめた。

 だが、おまえは、戻って来てくれた。

 あ、ありがとよ。



 ベゼルの目から涙があふれ、呼吸は今にも止まりそうであった。

「もう、いい、ベゼル。わかったから、休め」

 そう告げるティルスのほほも、れていた。

「……、もう少し、言いたいことが、ある」

 ベゼルは、最後の力を振りしぼるように、言葉を続けた。



 おれは、死ぬのは……こわくない。

 ただ、もう、おまえと、稽古できない、のは、……ちょっとだけ、残念だ。

 しかし、稽古をんだ、おかげで、おれは……まもる、ことが、できた。

 おれの、……世界中で、たった一人の、友だちを、護れたんだ。

 良かった。

 本当に。

 幸せな、……いい人生、だったよ……。



「おい、ベゼル! 目をけてくれ! 頼む!」

 誰もいないホールに、ティルスの慟哭どうこくだけが木霊こだました。

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