325 同夢(3)
ウルスが気懸りな夢から醒めると、目の前にツイムがいた。
「如何されました、ウルスさま? 随分魘されていらっしゃいましたが」
「こ、ここは、どこだっけ?」
眠りが深かったせいか、まだ頭がハッキリしないようだ。
「エイサの宿坊ですよ。元々は巡礼用ですが、市長がわれわれのために解放してくれたと聞いています」
「ああ、そうだったね」
ゲルヌの『神聖ガルマニア帝国』宣言によって、エイサは一変していた。
東方魔道師たちを含め、マオール人は全て市外に追放され、現在は、ゲルヌを支持するガルマニア人たちによって市政が取り仕切られている。
皇帝ゲルカッツェに派遣されていたシュタインという市長も、真っ先にゲルヌ支持を表明した。
ずっと、実権を警備団長のチャロアに握られていてお飾りの状態であったから、寧ろ喜んでゲルヌ側についたのである。
「ご気分が優れないようでしたら、朝食はここにお持ちしましょうか?」
体調を気遣うツイムに、「大丈夫、食堂に降りるよ」と答えたウルスだったが、急に「あっ!」と声を上げた。
「まただ。ウルスラが、いなくなってる……」
そのウルスラは、記憶を失ったタロスであるティルスを通して、『荒野の兄弟』の荒くれ男たちに話し掛けていた。
バロードの使者として来訪した元『暁の軍団』団長のバポロが、『荒野の兄弟』にバロードの味方になるよう説得しようとしていたのを、止めるためである。
「わたしはバロードの王女ウルスラです。今は、この身体を借りてお話しています。勿論、バロードのことは誰よりもよく知っているわ。お願いですから、わたしの言うことを聞いてください!」
円形の広間に集まっていた男たちは、忽ち大声で騒ぎ出した。
「わあっ、気持ち悪りぃぜ。ティルス、変な喋り方はやめろ!」
「そうだそうだ。おめえの野太い声でそんなこと言われても、頭に入らねえぜ!」
「なんか悪いものでも喰ったんか?」
「魔物に憑りつかれているんじゃねえか。おお、怖っ!」
皆勝手に発言して収拾がつかないため、再びルキッフが一喝した。
「てめえら、静かにしやがれ! おれはサイカでウルスラって王女に会ったことがある。まだ幼いのに確りしたお嬢さんだよ。何より、責任感が強いという印象だった。今、話を聞いていて、声こそティルスのものだが、喋ってる言葉はウルスラ王女に違いねえと思う。それに、気がついた者もいるだろうが、瞳の色が変わってる。ティルスはコバルトブルーだが、今は灰色に近い薄いブルーだ。これが嘘や冗談じゃない証拠さ。なあ、聞くだけ聞いてやろうじゃないか!」
猶もブツブツ文句を言う者もいたが、それもやがて静まった。
但し、本来の発言者であったバポロだけは、不機嫌そのものの顔をしている。
ティルスになったウルスラは、一度深く息を吸うと、ニッコリ笑って話し始めた。
ありがとうございます。
この声だとちょっと気味が悪いとは思いますが、暫くご辛抱くださいね。
ああ、それから、タロ、いえ、ティルスさんは一時的に気を失っていますけど、大丈夫ですからご心配なく。
さて、そこにいらっしゃるバロードの使者を、わたしは知りません。
ですが、その方が昔馴染みと仰るカルス王は、わたしの父です。
尤も、今は聖王を名乗っているようですが。
確かに、わたしがもっと幼かった頃は、父は聖王と呼んでも差し支えないような立派な人でした。
それが変わってしまったそもそもの元凶は、カルボン卿の裏切りにあります。
王妃であるわたしの母を失い、国を奪われ、身一つで北方に逃れた父は、復讐の鬼と化しました。
それが、あなたたちも見たことのある、蛮族の帝王カーンの姿です。
ああ、そうなのです。
カーンがここに来た時も、わたしはティルスさんの目を通して見ていました。
仮面を被り、平気で乱暴な言葉を吐く男が、自分の父とは思えませんでした。
今では、多少その理由がわかりましたけれど。
ともかく、聖王と名乗っていても、本質は蛮族の帝王の頃と変わりません。
それは、王政復古以来、父がやった無慈悲な粛清を見ても明らかです。
今の父を信用してはいけません。
今回のことも、目的はハッキリしています。
父は、自分に逆らったニノフ庶兄さまの国を潰すため、戦争を仕掛けるつもりです。
その際、背後を衝かれぬよう、あなたたちを騙そうとしているのです。
一度自治領となった小国や自由都市が、その後どうなったか、調べてみました。
怖ろしいことに、例外なく領土を没収され、住民は農奴にされています。
もう一度言います。
父の言うことを信用しては駄目です。
そして、どうか、ニノフ庶兄さまの味方になってください。
その時、我慢し切れなくなったのか、バポロが大声で怒鳴った。
「ふざけるな! これは何の茶番だ! 使者の役目が果たせなかったら、おれはお終いなんだぞ!」
アッという間にバポロは護身用の短剣を抜き、腰だめに構えてティルスの身体に突き刺そうと、突進して来た。
ルキッフが「ああっ、いけねえ! 誰か止めろっ!」と叫ぶ。
すると、ティルスの横に立っていたベゼルが、庇うように一歩前に出た。
「危ねえ、ティルス! 下がってろ!」
グサッ、と嫌な音がし、バポロの剣がベゼルの胸に突き刺さっていた。
「そんな……」
呆然とするティルスの瞳の色が、その瞬間、コバルトブルーに戻った。
「おお、なんてことだ。ベゼル、ベゼル、ベゼルーッ!」




