324 同夢(2)
ここは、エイサの地下深くにある魔道神の古代神殿。
その外れにある小さな一室に、数名の赤目族が集まっていた。
皆同じ神官の長衣を身に纏い、円陣を組むような形で空中に浮いている。
全員、髪や眉などの体毛が一切なく、同じ赤く光る目をしていて区別がつかないが、一人だけ手に薄い板のようなものを持っていた。
何も書かれていないその板を見ながら、その神官が喋り始めた。
「われわれの結界が破られているようだ」
「そんな馬鹿な! 魔道師が使うような子供騙しのものとは違うぞ」
「ああ、古代神殿の力場発生機を使い、通常の空間だけでなく、跳躍や転送に使う超空間も、理気力の通過を遮断しているのだ。少しでも魔道を使える者は、出入りできぬはず」
反論は予想していたらしく、最初に発言した神官は、再び板のようなものを見て頷いた。
「いや、それでも破られている。何故なら、夢回廊を使っているからだ」
「何と! それでは域内に長命族がいるのか?」
「その気配はないぞ」
「血筋を引く者すらおらぬようだ」
最初の神官は、また板に目をやった。
「メトス族ではない。使っているのは両性族だ」
「あり得ん!」
「その者は少しもメトス族の血は混じっていないのか、第一発言者?」
板を持っている神官は、そう呼ばれているらしい。
「血を引いている訳ではない。但し、以前にメトス族と接触した際、夢回廊が開かれ、それが未だに閉じていないのだ」
「それは問題だぞ。不確定要素が増えて未来予測が困難になる」
「その者も無力化してみたらどうだ?」
「ああ、以前、有翼獣神をそうしたようにな」
第一発言者が頭を振った。
「いや、駄目だ。あの時は、当時の第一発言者であったズールに押し切られて無力化したが、却って事態を悪化させた。強引な介入はしない方が好い」
「では、ケルビムもそのままにして置くのか?」
「それは別問題だろう」
「かといって、放置はできないぞ」
「そんなことはわかっている」
神官同士が揉め始めたため、第一発言者が結論を出した。
「夢回廊の件も、ケルビムの件も、暫くは静観する。今一番大事なことは、み使いをお護りすることだ。われわれの結界には、普通の兵士を防ぐ力はないからな。いずれガルマニア帝国は、大軍を催して攻めて来るであろう。如何にして対処すべきか、それを考えるのだ」
ウルスラは夢を見ていた。
ゾイアと出会った、スカンポ河の畔の場面だ。
死んだ傭兵たちが、腐死者化して襲って来る。
実際には、その時はウルスが表面に出ていたはずだし、それ以外にもおかしな点がたくさんあった。
何よりも変なのは、ウルスラが背中に負ぶさっている相手がゾイアではなく、タロスのようなのだ。
ところが、会話の内容はゾイアのようでもある。
相手が誰なのか、聞こうとしたところで、目が醒めた。
「ううっ、ここは?」
見たことのある部屋だ。半分開いたままの窓から朝日が差し込んでいる。
その時、ドンドンと部屋の扉が叩かれた。
「おれだ、ベゼルだ。どうした、ティルス、今朝は寝坊か?」
そう言うなり、許しも請わずに男が入って来た。
うねうねと波打つ癖のある長い黒髪を後ろで束ねている。
「ん? どうした、ティルス。おまえ、何か様子が変だぞ」
ウルスラは心の中で、「あっ!」と声を上げたが、実際に喋っている人格はティルスのままであった。
「おお、すまん、ベゼル。寝過ごしてしまったようだ」
ベゼルという男は不審げにこちらを見ていたが、首を傾げた。
「うーん、前にもこんなことがあったような気がするな。だが、おまえの目の色には、変化はないようだ。まあ、いい。そんなことより、朝稽古は中止だ。ルキッフが呼んでる」
「そうか。わかった。すぐ支度する」
水瓶で顔を洗う際、水に映った顔を見た。
間違いなくタロスのものだった。
と、いうことは、タロスの記憶を失くしたティルスであろうと、ウルスラは確信した。
砦のような場所を移動し、一番大きな建物に入った。
中は円形の広間になっており、大勢の男たちが集まっていた。
皆ひと癖ありそうな面構えをしている。
この光景にも、見覚えがあった。
その正面の一段高い場所に、片目に黒い眼帯をした男が座っていた。
ウルスラも、サイカの包囲戦の時に会ったことがある。
確かルキッフという名前だった。
「みんな、急に集まってもらって、すまない。一応、主だった者の意見を聞いておきたいんだ。実は、かつての『暁の軍団』の団長であるバポロから、仲間になりたいとの申し入れがあった」
男たちの反発が強く、ルキッフの忍耐が切れかけたところで、奥から見たことのない窶れた男が出て来た。
その男は、バロードのカルス聖王と昔馴染みだという。
ルキッフとその仲間に対して、ニノフたちとは手を切り、バロードの自治領にならないかと誘っている。
ウルスラは、思わず叫んでいた。
「そんなの、駄目よ!」
隣にいたベゼルという男が、ギョッとしたようにこちらを見ている。
だが、最早隠れていることはできなかった。
「わたしはバロードの王女ウルスラです。今は、この身体を借りてお話しています。勿論、バロードのことは誰よりもよく知っているわ。お願いですから、わたしの言うことを聞いてください!」




