323 同夢(1)
ティルスは、最近よく同じ少女の夢を見る。
気がつくと、スカンポ河と思われる大きな河の畔にその少女と立っているのだ。
どこかで見たような顔だが、誰なのかは思い出せない。
ティルスは剣を手にしており、その刀身は血塗られていた。
河原には、ティルスが斬ったらしい傭兵の遺体が幾つも転がっている。
何か違和感があるのだが、その理由はわからない。
「おれが、殺したのか?」
ティルスが尋ねると、少女は頷いた。
限りなく灰色に近い薄いブルーの目をしている。
「そうよ。でも、それはわたしを護るため。あなたに非はないわ。でも、ちゃんと弔ってやりましょう。かれらが全員腐死者になっちゃたら、大変だもの」
「ンザビ?」
「そう。辺境には死霊がウジャウジャいるから、新鮮な屍体があると、すぐに取り憑くのよ」
「そうなのか。であれば、手遅れかもしれないな」
「え?」
月明かりの中、そこここに斃れ臥していた傭兵たちに変化が起きていた。
モゾモゾと蠢きだしたのだ。
身体の動かし方を忘れ果てかのような、不自然な動きである。
上から糸を引かれた操り人形のように、一人、また、一人と立ち上がり、こちらに向かって来る。
「まあ、どうしましょう!」
忽ち震え出した少女の肩を抱き寄せ、ティルスは力強く言い放った。
「おれの覚悟は決まっているさ。襲い掛かって来るやつは、たとえ化け物であろうが、斃すだけだ!」
ンザビとなった傭兵たちが、わらわらと寄って来ていた。
手に手に剣を持っている。
「おれの背中に乗れ!」
「わかったわ!」
ティルスが少し腰を屈めてやると、少女は素早く背中に飛び乗り、確り首っ玉に腕を回した。
「長い夜になりそうだ。今のうちにおれの背中で寝ておけよ!」
思わず大きな声を出してしまったティルスは、自分の声に驚いて目が醒めた。
「ううっ、ここは?」
いつもの自分の部屋だ。
半分開いたままの窓から朝日が差し込んでいる。
その時、ドンドンと部屋の扉が叩かれた。
「おれだ、ベゼルだ。どうした、ティルス、今朝は寝坊か?」
そう言うなり、許しも請わずにベゼルが入って来た。
いつものように、うねうねと波打つ癖のある長い黒髪を後ろで束ねている。
「ん? どうした、ティルス。おまえ、何か様子が変だぞ」
ティルスはブルッと首を振った。
何かしら間違った記憶の夢を見ていたような気がするが、もう忘れている。
「おお、すまん、ベゼル。寝過ごしてしまったようだ」
ベゼルは不審げにこちらを見ていたが、首を傾げた。
「うーん、前にもこんなことがあったような気がするな。だが、おまえの目の色には、変化はないようだ。まあ、いい。そんなことより、朝稽古は中止だ。ルキッフが呼んでる」
「そうか。わかった。すぐ支度する」
支度といっても、水瓶から柄杓で水を汲んで顔を洗い、口を漱ぐくらいである。
上着を一枚羽織ると、ベゼルと一緒に部屋を出た。
二人が属する『荒野の兄弟』の砦の中を移動し、一番大きな建物に二人で入って行った。
中は円形の広間になっており、大勢の男たちが集まっていた。
皆ひと癖ありそうな面構えをしている。
その正面の一段高い場所に、片目に黒い眼帯をしたルキッフが座っていた。
ベゼルとティルスの二人が座るのを待って、ルキッフが喋り始めた。
「みんな、急に集まってもらって、すまない。一応、主だった者の意見を聞いておきたいんだ。実は、かつての『暁の軍団』の団長であるバポロから、仲間になりたいとの申し入れがあった」
あちこちから、「お首領、騙されてるぞ!」「バポロなんか信用できるかよ!」「どうせまた陰謀だ!」と言った声が上がり、広間の中は騒然となった。
その様子を見ながら、ティルスは、以前にも同じような光景を見た気が強くしていた。
ルキッフは、辛抱強く騒ぎが鎮まるのを待ってから、皆に話し掛けた。
「おまえたちの気持ちは良くわかってる。おれだって、バポロを信じた訳じゃない。だが、重要な情報があると言うんだ。話だけでも聞いてやってくれねえか?」
一旦静かになっていた広間が、前以上に喧しくなった。
我慢し切れなくなったルキッフが「黙りやがれ!」と怒鳴ったが、一向に治らない。
そこへ、広間の奥から、バポロがおずおずと現れた。
その、あまりにも窶れ果てた姿を見て、騒いでいた男たちも次第に口を閉じる。
自然にバポロに注目が集まり、その言葉をその場の全員が待った。
ああ、うう、余、いや、おれの話を聞いてくれ。
少しだけでいい。
過去には、おめえたちと色々あって争うことも多かったが、時代は変わった。
もう、野盗が自由に暴れ回れるようなご時勢じゃねえ。
お互いに協力しなければ、生き残れないんだ。
中原は今後、統一に向けて動いていく。
主役は、ガルマニア帝国とバロード聖王国の東西の両大国だ。
そのバロードに、新しい動きがあった。
王政復古以来、主に南下政策を採っていたバロードが、愈々方向を転じ、ニノフの一味を潰すつもりらしい。
このままじゃ、おめえらも巻き添えを食うことになる。
そこで相談だ。
幸い、おれとバロードの今の王さまとは昔馴染みだ。
おれが上手に渉りをつけてやるから、ニノフたちとは手を切って、いっそバロードの自治領にならねえか?
「そんなの、駄目よ!」
まるで女のような抑揚でそう叫んだのは、ティルスである。
その瞳の色は、限りなく灰色に近い薄いブルーに変わっていた。




