322 昔馴染み
バポロは大袈裟に昔馴染みなどと言ったが、当初蛮族の帝王カーンと名乗っていたカルスと出会ってからの月日は、僅か数箇月に過ぎない。
が、その間のバポロ自身の浮き沈みは激しかった。
変身したゾイアに襲われた恐怖から引き籠っていたバポロのところに、カルスは女性形であるカンナとして現れ、バロードを攻める仲間に誘った。
バポロは最初、『暁の軍団』の砦に蛮族軍を居候させてやる、というぐらいの気持ちでカルスを見下していた。
それが、バポロ自身の人望のなさもあって、いつの間にかカルスに主導権を奪われてしまう。
立場が逆転し、本格的にバロード攻めが始まると、カルスは、砦の留守居をバポロに命じた。
ところが、ゾイアの軍が渡河して攻めて来た際に、バポロは自ら砦を明け渡してしまったのである。
その後、バポロはゾイアたちに投降したものの、裏切り者は何度でも裏切るの諺どおり、記憶を失ったロックを連れ去って逃亡した。
更に、ロックと入れ違いにやって来た、やはり記憶を失くしたゾイアを騙し、悪党仲間のリゲスに擬闘士として売りつけて金を手に入れると、いずこかへ姿を晦ませていたのである。
その間に、カルスはバロードを奪還して王に返り咲いたため、自分が踏み台にしたバポロのことなど、とっくに忘れていた。
「バポロか。今更何の用であろう?」
訝しむカルスに、ドーラは苦笑した。
「落ちぶれて、金がなくなったからさ。厚かましくも、金を無心に来たのであろう。そもそも、あやつの裏切りによって『暁の軍団』の砦を失ったのだぞ。そこが、今やニノフの拠点にされておるのじゃ。即刻、首を刎ねた方がよいぞえ」
カルスは少し考えていたが、首を振った。
「おふくろどのの言われることは尤もですが、あやつには、まだ利用価値があります」
「利用価値?」
「はい。先程のニノフを攻めるという話ですが、仰られたようにあの砦は元々あやつのもの。自分の手で取り戻すように命じるつもりです」
「温情よのう」
皮肉な笑みを浮かべるドーラに、カルスはやや不快そうに言い切った。
「できなければ、勿論、首を刎ねますよ。ですが、決めるのはわたしです」
ホンの一瞬だが、二人の間に緊張が走り、バポロの来訪を伝えた秘書官は、ギクリと身体を強張らせる。
突然、ドーラはホホホと声を上げて笑った。
「これはこれは、失礼いたしました、聖王陛下。出過ぎたことを申しましたのう。それでは、老いぼれは、ガルマニアの若君のところへ戻りまする」
ドーラはその場でクルリと宙返りすると、灰色のコウモリとなって飛び去った。
何も言わずに見送っていたカルスは、フーッと息を吐いた。
一方、椅子二脚とテーブルしかない狭い別室で待たされているバポロは、すっかり人相が変わっていた。
酒焼けで赤かった鼻は白くなり、見る影もなく痩せて目が落ち窪んでいる。
時々怯えたように周囲を見回していたが、いきなり扉が開いたため、椅子から転がり落ちそうになった。
「待たせたな」
入って来たのは聖王カルス本人であった。
バポロは急いで椅子から降り、土下座した。
「御目文字賜り、恐悦至極に存じ上げ奉りまする!」
カルスは、ドーラにソックリの皮肉な笑みを見せた。
「おやおや。随分堅苦しい挨拶だな。昔馴染み、ではなかったのか?」
バポロは少しだけ顔を上げ、すぐにまた伏せた。
「お、お戯れを。あれは、その、言葉の綾と申すもので」
「まあ、そう畏まるな。暫くは誰も入るなと言ってある。ざっくばらんに話そうではないか。元の蛮族の帝王と、元の『暁の軍団』の団長として、な」
「あ、有り難き幸せにございます」
バポロは漸く顔を上げたが、猶も周囲を気にしている。
カルスが少し苛立ちながら、「おふくろどのなら、今はおらぬ」と告げた。
その言葉に、微妙な空気を感じ取ったのか、バポロの態度が少しだけ太々しくなった。
「ならば、ざっくばらんといきましょうか」
バポロが再び椅子に腰掛けると、向かい合うようにカルスも座った。
「用件を聞こうか」
カルスは、バポロを威圧しないように、努めて穏やかな声で喋っているようだ。
それでも、カルスを目の前にすると、バポロは再び緊張し、何度も唾を飲み込んだ。
「ああ、うん、その、色々あったが、余、あ、いや、おれも少しは、おま、陛下のお役に立ちたいと、思ってなあ」
「ほう。役に立ちたい、とは、働かせて欲しい、ということか? 余程金に困っておるようだな」
バポロの顔が耳まで赤くなった。
「ここで見栄を張っても仕方ねえ。実は、ちょっと纏まった金が手に入ることがあってな。気が大きくなって、マオロンの擬闘士賭博に手を出したら、すってんてんにされた。その金をくれたリゲスって野郎が、裏で手を回しやがったらしい。情けねえことに、今じゃマオロンの借金取りに追われる身さ」
憐れむようにバポロを見ていたカルスは、フッと笑った。
「その借金、全てこちらで払ってやろう。その代わり、頼みがある」
「おお、何なりと言ってくれ。『暁の軍団』の砦を攻めるなら、探って来るぜ」
カルスはニヤリと笑った。
「いや、最初に攻めるのはそこではない。『荒野の兄弟』の砦だ」




