319 地下迷宮(15)
古代神殿の本殿で、ゲルヌ皇子とクジュケは、この世界を外側の視点から描いていると思われる虚像を見せられた。
星が集まった渦の中に太陽らしきものがあり、それに照らされる青い球体の上に中原があった。
更に、その中原に墜落した巨大な乗り物の一部が、実はこの古代神殿そのものであると知ったところで虚像は消え、広間は暗闇となった。
虚像が消えた闇の中で、クジュケはゲルヌの額に赤く光る第三の目を発見して驚愕したが、ゲルヌ本人は極めて平静であった。
「額の真ん中がムズムズするが、何か変化が起きているのか?」
何と答えればいいのかクジュケが言葉に窮していると、何処かで、カタカタと歯車が噛み合うような音がして、本殿の扉が開き始めた。
隙間から外の燈明の明かりが差し込む。
「おお、これぞ正に魔道神の秘蹟!」
そう叫んだのは、扉から入って来た赤目族の神官である。
感情の持って行き場のなかったクジュケは、能天気に感嘆するその神官に怒りをぶつけた。
「何を言っているのですか、あなたは! わたくしたちを騙しましたね!」
神官は皮肉な笑みを浮かべている。
「最初に言ったように、われわれは信仰のために研究をする。そして、研究のためには、実験が必要なのだ」
「何が実験ですか! お陰で、こんな、こんなことに……」
クジュケの怒りは、急速に戸惑いと悲しみに変ってしまった。
大人二人のやり取りを冷静に眺めながら、ゲルヌが額に手をやると、第三の赤い目はフッと消えた。
ゲルヌはその辺りを触ってみているが、何の変化もないようで、首を傾げている。
神官が、クジュケに対する態度とは別人のように、恭しくゲルヌに話し掛けた。
「バルルの印は、普段は目に見えないと申します。み使いが必要とする時にのみ、現れるのです」
ゲルヌは訝しげに「み使い、とは?」と尋ねた。
神官は、ゲルヌに丁寧に一礼してから答えた。
「はい。われらの先祖である主知族には、一つの預言がございます。この世界の終末が近づいた時、バルルの意思を伝える者が現れると。それが、み使いです」
「ほう。しかし、余はノシス族の子孫ではないぞ」
神官は笑顔で頷いた。
「それでよいのです。み使いは、妖精族の子孫から出現すると預言されております」
「成程。それ故アールヴ族の血を引く者のみ地下神殿に入れると申したのだな」
平然と神官と話すゲルヌの顔を、クジュケはやや疑惑の目で盗み見ている。
すると、その視線に気づいたゲルヌが苦笑した。
「心配せずとも、憑依などされておらぬ。そのつもりなら、このような面倒なことなどせず、最初にそうしているはずだ。余も、別に異常は感じておらぬ」
「ですが、お額の」
クジュケの言葉に反応したのか、ゲルヌの額に再び赤い目が現れた。
ギョッとしたようなクジュケの表情でそれを察したゲルヌは、微笑んで見せた。
「このとおり、何ともないのだ。恐らく、この印とやらは、他人にわからせるためだけのものなのだろう」
「だと、よろしいのですが」
猶も不安そうなクジュケのために、ゲルヌが額をサッと撫でると赤い目は消えた。
その上で、神官に命じた。
「これで実験が済んだのなら、地上に案内してくれぬか」
神官は、慇懃に頭を下げた。
「畏まりました。謹んでご案内仕ります」
その地上では、東方魔道師たちの帽子を奪ったゾイアに対し、頭目のタンリンが、ゲルヌはとっくに大蜥蜴に喰われているはずだと嘲笑った。
タンリンを挟んで、ウルスとツイムとヨルムが広場側、向こう側にゾイアたちが降りて来ていた。
事情を知らないウルスが蒼褪めたが、ゾイアの背中からポンと降り立ったギータが「ゲルヌは無事じゃよ」と言い返した。
「今頃は、隧道を通り抜け、この真下ぐらいに来ておるはずじゃ」
タンリンは激しく頭を振った。
「戯けたことを申すな! 隧道は途中で行き止まりのはずだ!」
タンリンを怖れて少し離れて着陸していたシャンロウが「でも、赤い目の」と言いかけたのを、ギータが遮った。
敵に必要以上の情報を与えることになるからであろう。
「とにかく、ゲルヌは生きておる。おぬしらも、もう諦めて国に戻った方がよいぞ」
「黙れ、チビじじいっ!」
そう叫んだ瞬間には、タンリンの手元が動いて、刀子が放たれていた。
グサッと刺さる音がし、気の弱いシャンロウは目を覆ったが、刀子はギータまで届いてはいなかった。
ゾイアの手が伸びて、その掌に突き刺さっている。
タンリンは声を上げて笑った。
「阿呆め! 余程おれの痺れ薬が気に入ったのだな。また暫く眠るがいい!」
しかし、ゾイアの様子に変化はない。
いや、刺さった刀子は内部の圧力に押し出され、それを追いかけるように半透明の水疱のようなものがポロリと落ちた。
ゾイアが珍しくニヤリと笑った。
「われも、そうそう同じ轍は踏まぬ。痺れ薬への対応策は学んだ。薬が溶け出す前に包み込み、体外に排出すればよい」
だが、一瞬動揺を見せたタンリンもまた、笑い出した。
「確かに同じ失敗を繰り返すのは愚か者だな。おれも、東方魔道師の力に自信を持ち過ぎていた。利用できるものは、遠慮なく利用すべきだ。こんな風に!」
タンリンが片手を上げると、『中央の塔』の扉が開き、待機していたらしい夥しい数のガルマニア兵が中央広場を埋め尽くしたのである。




