318 地下迷宮(14)
エイサの真下にある古代神殿の本殿に閉じ込められたゲルヌ皇子とクジュケは、そこに映し出される立体虚像に目を奪われていた。
星のような光点の集まりから、太陽と同じ光を放つ球体が選び出され、その光に照らされる小さな青い粒が更に拡大された。
人間程の大きさになった青い球体を見つめていたゲルヌは、その一部を指差して中原ではないかと言うのである。
虚像と現実とを結びつけることができていないクジュケは、戸惑っているようだ。
「どういうことでしょう?」
「ほら、ここだ。周囲の青いところは大海だと思うが、茶色と緑が入り混じったこの四角いところに注目して欲しい。左側の細い赤い線はスカンポ河、右側の太い緑の帯はガルム大森林のようだ。上の方に何本も平行して走っている茶色の線がベルギス大山脈だろう。下はちょっとわかりにくいが、黝ずんでいる部分がアルアリ大湿原ではあるまいか。右に行くほど幅が広くなっているし、左側は細い線のようになっているからな」
クジュケも漸く納得したように頷いた。
「成程。言われてみれば、確かにそのようです。しかし、これが中原だとすると、それが乗っているこの球体は何なのでしょう?」
「うむ。最初に光点の集まりを見た時に言ったと思うが、これは余たちの世界を外側から見た虚像だろう。それがどんどん細部が拡大されて来たようだから、この球体こそが、この世界そのものだと思う」
クジュケは困ったように小さく首を振っている。
「この世界は平らなものだと信じておりました」
ゲルヌは苦笑している。
「余もそうだ。しかし、この一部だけを見れば、平面と言っても差し支えないだろう。気に病むことはない」
理解することを諦めたように放心していたクジュケの表情に、緊張が走った。
「何か飛んで来ます!」
クジュケの視線を追ったゲルヌも「おお!」と声を上げた。
その青い球体に向かって、小さな光る点が向かって来ている。
それも二つだ。
その二つの光点は、流れ星のような直線的な飛び方ではなく、複雑な曲線が互いに絡み合うように飛んでいる。
その動きを見て、ゲルヌは呟くように言った。
「これは、乗り物のようだな」
「乗り物?」
「そうだ。一方が必死で逃げようとするのを、もう一方が追いかけているように見える」
またゲルヌの言葉に反応して、その部分が拡大された。
飛んでいる二体は明らかに人工的なもので、同じような円盤型をしている。
大きさを比較するものがないが、小さなものではないようだ。
表面は金属的な光沢を放っているが、燻んだ紅色をしている。
「古代神殿と同じ素材のようだ。確か、オリカルクムという超合金だと、案内役の神官が言っていたな」
すると、追いかけられている方の円盤の中央部分が拡大された。
遠目では、ポツッと飛び出した小さな突起のようであったが、透明なドーム状のもので、中に何か複雑なものが見えていた。
「あ、あれは!」
クジュケが驚きの声を上げた。
ドームの中に見えていたのは、この古代神殿そのものであったのだ。
ゲルヌも呻くような声になった。
「むうっ。あれが古代神殿の元の姿だとすると、あの円盤型の乗り物は、とてつもなく巨大なものだな。おおっ、何か仕掛けたぞ!」
追い掛けている方の円盤から、強烈な光る矢のようなものが、何本も撃ち出されたのである。
その内の一本が、遂に逃げている方の円盤に当たった。
最初からそうだが、無音のままその部分が破裂し、細かい金属の破片が飛び散った。
円盤自体も均衡を崩し、錐揉み状態で落下して行く。
「ああっ、こちらに落ちて来ます!」
クジュケが叫んだように、青い球体にかなり接近していた円盤は、引き寄せられるようにそちらに落ちて行くようだった。
その部分が一挙に拡大された。
円盤の周囲が真っ赤にボウッと燃え上がっている。
「音が、聞こえるぞ」
ゲルヌが指摘したように、円盤が燃え始めるの同時に、空気を切り裂くような轟音が聞こえてきた。
一方、追い掛けていた方の円盤はそれで安心したのか、その手前で方向を転じ、何処かへ飛び去った。
中原に向かって落ちて行く方の円盤からは、中心部のドームがポンと弾き出された。
ドームからは、シュルシュルと丸い布のようなものを出てきて、ガクンと落下の速度が遅くなった。
本体部分の方は更に燃えながら、中原の北に向かっているようだ。
青い球体の今見えている部分の向こう側に落ちたらしく、目の眩むような光と共に、腹に響く爆発音がした。
「うっ!」
「おおっ!」
二人が目を覆っている間に、虚像の視点が落下して行くドームにグッと寄っていた。
今や、その内部が古代神殿そのものであることは明らかであった。
沢山の塔とそれを繋ぐ回廊が見えている。
「いや。違うのかもしれん」
首を傾げているゲルヌの言葉の意味がわからず、クジュケは「何が、違うのですか?」と問うた。
「うむ。古代神殿のことだ。余たちは先にエイサの塔を見てここを見たから、塔と回廊と思うのだが、今の虚像を見ると、違う気がするのだ。もっと別の意味合いを持った構造物かもしれん」
「はあ」
最早ゲルヌの話について行けず、クジュケが溜め息のような返事をした時、虚像が全て消え、広間は暗闇に包まれた。
「これは、また何かの前触れ、なのでしょうか?」
闇に怯えたように聞くクジュケに、ゲルヌは平静に応えた。
「いや、見せるべきものが終わった、ということだろう」
「だと、いいのですが。あああっ、そ、その目は!」
ゲルヌの方を見て、クジュケは悲鳴のように叫んでいた。
そこには、赤く光る目があった。
但し、ゲルヌの額の部分に、一つだけ。




