317 地下迷宮(13)
中原の魔道師は、基本的に個人の裁量で業を揮えるのだが、厳しい統制下にあるマオール帝国の東方魔道師たちには、個人の自由などというものはない。
その統制を担保しているのが、かれらの被っている鍔広の帽子であった。
幼い頃から、魔道を使う際には帽子を被るように教育され、帽子なしでは魔道を使えぬように条件付けられている。
少しでも上に逆らえば、その帽子を取り上げられ、一般人に戻されてしまう。
シャンロウがその枷を破ることができたのは、比較的統制の緩い南人の出身で、しかも、旧王族としてある程度の我儘が許される立場であったからであろう。
支配階級の北人で、ヌルギス皇帝直属のタンリンには、それは無理であった。
よって、ゾイアに帽子を奪われた途端、浮身する力を失ったのである。
「ああっ!」
必死で空気を掴むような仕草をしたが、どんどん空中から落下して行く。
周りにいた配下の東方魔道師たちが身を翻し、落ちて行くタンリンの身体を受け止めた。
ゾイアはそれに追い討ちをかけるように、動揺しているかられの帽子を、容赦なく次々に奪っていく。
魔道を使える者が一人減り、二人減りして、互いの体重を支え切れなくなり、最後はドスンと地響きをたてて地面に落ちた。
それでも、何人かは態とタンリンの下になり、衝撃を和らげようとしていた。
ところが、立ち上がったタンリンは、その献身的な部下たちを、なんと蹴り上げたのである。
「痛いではないかっ! 役立たずめ!」
皆、黙ってその非道な仕打ちに耐えている。
そこへ、奪った帽子を重ねて脇に抱えて、ゾイアが降りて来た。
「仲間割れしている場合ではあるまい。今回のような誘拐を二度としないと誓わねば、この場でわれが成敗するまでだ。どうする、東方魔道師たちよ」
だが、タンリンは不敵に笑った。
「阿呆め、もう遅いわ! 今頃は、おまえらの捜しているゲルヌ皇子は、とっくに大蜥蜴の餌食になっておるだろうさ!」
そのゲルヌは、クジュケと共に古代神殿の本殿にいた。
カルボン卿の姿をした擬体が言ったことを、全て理解できた訳ではないが、何かを見せてくれるのはわかった。
室内はまだ、二人が入って来た時の状態と変わらない。
闇の中に無数の光る点が浮いているため、一見すると星空を現しているようにも思われるが、大きく違うのはその密度である。
空が澄んだ夜でも、これ程たくさんの星は見えぬであろう。
特に部屋の中心部分には濃く集まっており、平べったい円盤状の渦を形成している。
渦の真ん中の少し膨らんだ部分は特に稠密で、一つの塊のようだ。
「さて、これが何か、だが」
半ば独り言のようにゲルヌが呟く。
クジュケも周囲を見回しながら、首を捻っている。
「最初は夜空だと思いましたが、違うようですね」
「いや、そうでもないぞ」
言いながら、ゲルヌは光の渦の方に歩いて行った。
クジュケは思わず「あっ、危ない!」と声を上げてしまったが、固より虚像であるから、ゲルヌの身体はスーッと渦の中に入ってしまった。
ゲルヌは、そこで振り返った。
「うむ。やはりそうだ。クジュケも、ここに来るがいい」
「はあ」
恐る恐る光の渦に入り込んだクジュケは、そこから振り向いてみて、「おお」と唸った。
「確かに、こちらから見ると、夜空のように見えますね。わたくしの知っている星座も、チラホラ見えるようです」
入れ替わるようにゲルヌは外に出て、改めて光の渦を眺めた。
「つまり、これが、余たちの世界をその外側から見た姿、ということだな」
そのゲルヌの言葉が合図だったかのように、虚像に変化が起きた。
バーッと光の渦が拡大し、アッという間に広間いっぱいに広がったのである。
「こ、これは……」
啞然とするクジュケの目の前で、光の渦は更に大きくなり、壁も突き抜けてしまった。
同時に、単なる光の点であったものが、色や大きさの違う粒に見えて来た。
その光の粒の一つがグングン大きくなり、林檎の実ぐらいになったところで、一旦拡大は止まった。
他の光の粒は疎らに数個見えているだけで、それ以外は壁の向こうに消え去った。
その代わり、中央の林檎程の粒は眩いくらいに明るい。
ゲルヌは目を細めてそれを観察している。
「まるで太陽のようだな。いや、もしかして、そうなのか」
クジュケは、激しく頭を振った。
「そんな馬鹿な! あ、失礼しました」
ゲルヌは苦笑している。
「謝らずとも好い。言っている余も半信半疑なのだ。しかし、色味は太陽そのものだな」
また、その言葉が合図となったのか、林檎のような光の粒が大きくなり始め、表面に渦巻く紅蓮の炎のようなものまで見えるようになった。
「これはたまらん」
あまりの眩しさにゲルヌが顔を顰めると、既に人間より大きくなっていた光の球がスーッと遠ざかった。
入れ替わりに部屋の中心に来たのは、自らは光を発しない、青い粒であった。
先程の太陽のような光の球に照らされているため、半分は陰になっている。
青い粒も見る間に大きくなって、人間ぐらいの球体となったところで止まった。
球体の表面は青い色が大部分だが、茶色のところ、緑のところ、白いところなどもあり、ゆっくりと回転している。
目まぐるしい変化について行けなかったらしく、クジュケは音を上げた。
「いったいなんなんでしょう、これは。わたくしには理解不能です」
一方、青い球体をジッと見ていたゲルヌは、その一か所を指差した。
「なんとなくだが、ここが中原ではあるまいか?」




