314 地下迷宮(10)
隧道から地上に出るためには一旦古代神殿を通らなければならないと言われたゲルヌとクジュケは、赤目族の神官に導かれて、本殿だという建物に向かったのである。
大声を出さないよう注意されてはいたが、本殿の巨大な両開きの扉の中を覗き込んだクジュケは、思わず叫んでいた。
「こ、これは!」
そこには、星空があった。いや、そのように見えたのである。
案内役の神官は、入口で立ち止まった二人を、静かな声で促した。
「遠慮は要らぬ。さあ、奥へ」
警戒しながら、二人は前に進んだ。
本殿の内部は大広間のように柱もない広々とした空間で、その暗闇の中に無数の光る点が浮いている。
光る点は、特に中央に集まって大きくて平べったい円盤状の渦のようなものを構成していた。
渦の中央部はやや膨らんでおり、その全体が水平方向にゆっくり回転しているようだ。
黙っていられずに、クジュケは神官に訊いた。
「いったい、これは何なのですか?」
先程より抑えた声ではあったが、立ち位置によるのか、壁に反射して大きく響く。
案内役の神官が振り返り、真っ赤に光る目でクジュケを睨んだが、怒る訳でもなく、おかしなことを言った。
「われわれも、これが何かを知りたいのだ」
冷静に周囲を観察していたらしいゲルヌが、逆に問うた。
「しかし、これは虚像であろう?」
横に立っているクジュケは、「え?」という間の抜けた声を出した。
ゲルヌの不躾な質問にも、神官は怒らなかった。
「そのとおりだ。無論、われわれには虚像を生み出す仕組みはわからぬ。魔道神がこれで何を伝えようとしているのかもな。われわれはそれを解き明かすため、何千年にも亘って研究をしているのだ」
ゲルヌは訝しげに首を傾げた。
赤い直毛から、片方の耳の先が見える。
「研究? 信仰ではなく?」
赤目族の神官は、また祈るような仕草をした。
「研究することが信仰なのだ。われわれ主知族の末裔にとってはな。そして、研究のためには、様々な実験が必要になる。こんな風に!」
そう言うや否や、神官は浮身して入口へ飛び、サッと外に出て行った。
「ああっ! お待ちなさい!」
クジュケが呼び掛けた時には、バタンと扉が閉まっていた。
一方、隧道に留まったギータたちにも、危機が迫っていた。
「なんか、変な音がしねえだか?」
怯えたように尋ねるシャンロウに、ギータは苦い表情で頷いた。
微かにカサコソというような音が聞こえてきている。
「ああ。効き目が切れたようじゃな」
「効き目?」
「忌避剤さ。僅かに風が吹いておるから、飛ばされてしまったんじゃろう。そうなれば、あいつらの食欲を止めるものはない」
シャンロウは小太りの身体を、ブルっと震わせた。
「ええっ、何を暢気なこと言ってんだよー。おら、大蜥蜴に喰われるなんて、真っ平だあよ!」
「わしだってそうさ。ならば、闘うしかあるまい」
ギータは護身用の細剣を抜いた。
「無理だんべ、そんな細っこい剣じゃあ。大蜥蜴の皮は、普通の剣だって通らねえだよ」
「わかっておるさ。狙うのは、あいつらの目だ。こう見えても、わしはレイピアの達人じゃぞ」
「あんたがチャンバラしてる間に、おらは喰われちまうだよ! ああ、やっぱり、獣人将軍を起こすしかねえ!」
シャンロウは気絶したままのゾイアに駆け寄り、身体を揺さぶった。
「なあ、獣人将軍! 起きておくれよ! あれ? これ、何だべ?」
シャンロウの声の調子が変わったため、ギータも「どうした?」と言いながら、ゾイアの傍に行った。
「なんか、ここ膨らんでるだよ」
シャンロウはゾイアの胸の辺りを指した。
「むう。確かに。水膨れのように腫れておるな。ちょうど刀子で刺された場所じゃ。膿んでおるのかもしれん」
だが、その水疱のようなものは、見る間にプーッと膨らむと、ポロリとゾイアの身体から落ちた。
同時に、ゾイアの目がパチリと開く。
ギータの方を見てニッコリと笑った。
「待たせたな」
その頃、地上では十字架にかけられたヨルム青年の前で、ウルス王子が苦悩していた。
「助けようよ」
そう囁くウルスを、ツイムは「シッ」と叱ってから、「失礼しました」と小声で謝り、周囲に聞こえる声で「どうした、坊主。怖いのか?」と言いながら顔を寄せた。
「少し離れましょう」
「でも」
「大丈夫。ヨルムどのは寝ているだけです」
「え?」
ウルスが改めて見上げると、十字架に縛りつけられてはいるが、ヨルムの表情は穏やかで、本当に眠っているようだ。
だが、先程出鱈目な罪状でヨルムを糾弾したガルマニア人の役人が再び現れた。
その後ろには、大きな槍を携えた半裸の男が二人ついて来ている。
処刑人のようだ。
役人は、広場に集まっている群衆に向けて宣言した。
「これよりこの間者を刑に処する。シュタイン市長への暗殺未遂により、死罪だ。構えよ!」
処刑人が十字架の両側に立って、槍を構えた。
水を打ったように群衆が静まり返る。
役人が大きく息を吸い、処刑人に命令を下した。
「刺せ!」
処刑人が刺すために一旦槍を引いた、その時。
「待ってくれ!」
そう叫んだのはウルスではなく、ツイムであった。




