312 地下迷宮(8)
妖精族の血を引くものだけを地下神殿に案内するという赤目族側の意向で、ゲルヌ皇子とクジュケの二人だけが下に降りることになった。
小人族のギータと元東方魔道師のシャンロウは、強い痺れ薬の影響で未だに気絶したままのゾイアと共にその場に残り、ゾイアの目醒めを待つという。
去り際にクジュケは、「鬼火の半分は、ここに残しておきますので」と、ギータに告げた。
明かりのない隧道を照らす鬼火は、クジュケが偵察に行くため二つに分けたままになっていたのである。
「おお、そうじゃな。しかし、ゾイアが意識を取り戻して脱出する際には、どうすればよい?」
ギータの質問に、クジュケは「ああ、そうでした」と頷き、二つ並んで浮かんでいる鬼火の一方に命じた。
「おまえはゾイア将軍から離れず、お供せよ」
その鬼火はスーッと移動して、ゾイアとシャンロウの真上に止まった。
残っている方の鬼火は、何も言われずとも、クジュケの方に動く。
一方、時間を凍結されたというカルボンの周りを、赤目族の神官たちが浮身して囲み、斉唱のように呪文を唱え、何処かへ転送した。
「一応、保管場所に送った。では、案内しよう」
ゲルヌは短く「頼む」と応え、ギータたちには「『中央の塔』で会おう」とだけ告げた。
その表情は、まだ見ぬ古代神殿への好奇心と不安に揺れているようだ。
ギータは皺深い顔をクシャッと笑み崩し、「必ず」と約束した。
クジュケは浮身を解いて地上に降り、ゲルヌの横に並んだ。
一緒に歩いて行くつもりであろう。
赤目族たちは浮身したまま前に移動し、二人を先導した。
かれら自身は何も明かりを持っていないが、夜目が利くらしく、少しも迷う様子はない。
階段は緩く左にカーブしながら下がっている。
クジュケの頭上で揺らめく鬼火の光に照らされて、先に進む赤目族たちの影が隧道の壁面で踊っているように見える。
それは、不気味な魔宴のようだ。
と、左側の壁面が不意に途切れた。
階段の横にはボロボロに腐食した手摺りだけがあり、その向こうに宏大な空間が広がっている。
赤目族たちが空中で止まり、全員が揃って振り向くと、二人に告げた。
「手摺りには触れるな。すぐに崩れる」
ゲルヌは黙って頷いた。
普段はお喋りなクジュケも、何も言わずゴクリと唾を飲み、チラチラと左に視線を向けながら歩いて行く。
左手に広がる空間は、巨大な円筒形の垂直な穴のようである。
その内側に張り付いた、細い螺旋状の階段を降りているのだ。
だが、小さな鬼火の明かりだけでは、円筒の中の様子はボンヤリとしか見えない。
「あれは?」
円筒の向こう側を見ていたゲルヌに訊かれ、クジュケも目を細めてそちらを見た。
「おお、同じような階段がありますね」
すると、また赤目族たちが一斉に振り返った。
「あれが『中央の塔』へ続く螺旋階段だ。われわれが今降りている階段と平行して、二重螺旋となって、この古代神殿を取り巻いている」
「成程、二重螺旋か」
ゲルヌは感心しながら、視線を下に向けた。
「何か建物があるようだな?」
赤目族たちは祈るような仕草をした後、答えた。
「魔道神の古代神殿の本殿である。われわれは先に行って燈明を灯す。おまえたちは、ゆっくり降りて来るがいい。一本道故、迷うことはあるまい」
「わかった。そうしてくれ」
長衣を翻して、赤目族たちは次々に下へ向かって飛んで行く。
クジュケが、「わたくしたちも飛びますか?」と聞いたが、ゲルヌは首を振った。
「いや。言われたとおり歩いて行こう。かれらにも準備があろうし、ここからの方が神殿の全貌を見易い。恐らく、未だ中原の誰一人として目にしたことのない光景だ。この目に焼き付けておきたい」
目を輝かせるゲルヌを、クジュケは微笑ましそうに見つめている。
二人が歩き始めると、ポッ、ポッと下から明かりが見えてきた。
身を乗り出そうとするゲルヌを、「危のうございますよ」とクジュケが後ろから腕を回して支えた。
その眼下には、幾つもの巨大な塔と、それを繋ぐ回廊が見えた。
「ほう、地上のエイサの塔に似ておるな」
「ああ、そう云えば、エイサはかつてこの地にあった超古代都市イサニアを手本として造られたと聞いております。見たところ、エイサのものより建物の稜線に直線が多くて力強いですが、優美さには欠けますね。エイサの塔は、それはもう、芸術品と言ってもよいくらいでした。尤も、焼き討ちによって大部分は無残に破壊されてしまいましたがね。あっ、失礼しました」
その非情な破壊者が、目の前のゲルヌの父だと思い出し、慌ててクジュケは謝ったのである。
ゲルヌは悲しげな笑顔で首を振った。
「良いのだ。父は父の信念に基づいてやったこと。それが正しかったかどうかは、後世の人間が決めればよい。しかし、余個人としては、おまえの朋友として詫びたい。すまなかった」
頭を下げるゲルヌを、クジュケは「とんでもないことでございます!」と止めた。
「それが戦の世と申すもの。それを終わらせるのがわたくしたちの務めと信じております」
「ああ、そうだな。ありがとう」
ゲルヌは、感慨深げに、再び古代神殿を眺めた。
「それにしても、凄いものだな。ギータたちにも、見せてやりたかった」
もし、ギータがこれを見たなら、或いは、ゾイアに出会った頃のことを思い出していたかもしれない。
ゾイアが、前世の記憶のような景色が一瞬だけ蘇ったと言っていたことを。




