311 地下迷宮(7)
カルボンが放った見えない波動は、階段の下から上がって来た赤目族の神官たちに向けて、やや俯角に打ち出された。
ほぼ同時に赤目族たちも、一斉に掌を少し仰角に突き出す。
双方の波動が、激しく空中でぶつかり合った。
矢などの実体のある武器なら、上からの攻撃の方が圧倒的に有利であるはずだが、理気力自体には重さがないため、その意味では五分である。
但し、人数が違う。
全部で五人出て来ていた赤目族は、恐らく一人一人はカルボン程の力はなかったであろうが、斉唱のような喋り方と同様に、動きがピッタリ揃っていた。
カルボンの出した波動は押し戻され、そのまま自身に撥ね返って来た。
衝撃でカルボンの身体は吹き飛ばされ、背中から隧道の天井に激突した。
「ぐあっ!」
カルボンは気を失って天井から落ちて来たが、空中でピタリと止まった。
ゲルヌが反対側に視線を向けると、赤目族たちが指先を曲げ、何かを掴むような仕草で保持している。
カルボンの身体は、そのままゆっくりと地上に下ろされたが、単に気絶しているだけではなく、蝋人形のように全身の動きが止まっているようだ。
一番近くにいたゲルヌが、カルボンの顔を覗き込んだ。
「殺したのか? いや、違うようだな」
空中に浮かんだ赤目族たちがまた声を揃えて、ゲルヌに解説してくれた。
われわれの監視の目を逸らすため、おまえたちをこの地下道に誘導したのはこの男だ。
混乱に乗じて、自分が侵入するためにな。
この男自体は殺しても構わぬのだが、われわれの族長であるズールと精神融合しているため、共に殺してしまうことになる。
われわれには、それはできない。
追放処分で済ませたかったが、どうしても中原制覇の野望を捨て切れぬようだ。
已むを得ず、この男の時を凍結した。
遥かな未来になるかも知れぬが、融合した精神を分離する技術を発見するまで、こうして保存して置くより他に方法がない。
まあ、それはわれわれの側の問題だ。
おまえたちは気にせずともよい。
さて、おまえたちの事情は大体わかっている。
確かにこの先に地上への出口はある。
しかし、ここから先は、われわれにとって極めて神聖な場所だ。
普通の人間を通す訳にはいかぬ。
但し、おまえたちの中に妖精族の血を引く者が二人おるようだから、その者たちだけは通してもよい。
われわれは昔から両性族とは敵対関係にあるが、アールヴ族とは友好的に接していた。
その誼だ。
まだ腰を擦っていたクジュケが驚いて、「え? 二人とは?」と声を上げた。
ゲルヌが苦笑しつつ、それに答える。
「もう一人は余だ。クジュケ元参与のもの程わかり易くはないが、ホンの少し耳の先が尖っておる。母方の先祖の中にアールヴ族がいたらしい」
見かわす二人は、赤と銀と色こそ違うが、同じようにサラサラした髪の毛をしている。
「さようですか。それは失礼いたしました。ですが、わたくしと殿下だけという訳には……」
躊躇するクジュケの背中を、横で介抱していたギータがポンと叩いた。
「わしらなら構わぬ。ここでゾイアが目醒めるのを待つとしよう。わしはまた、ゾイアの背中に乗るよ。浮身したシャンロウを引っぱってもらいながら、一気に枯れ井戸のところまで戻り、地上に出ればよい。寧ろ、おぬしたちの方が心配だ」
それには再び赤目族が応えた。
「地上へは無事に送り届けよう。尤も、一旦下まで降りて古代神殿へ行き、そこからもう一つの螺旋階段を昇ることになる。われわれもまだ上まで行ったことはないが、エイサの『中央の塔』に繋がっているそうだ」
ギータはクリッとした目を細め、クジュケに向けて笑顔を見せた。
「そういうことらしい。わしらも地上に出たら、なんとかその『中央の塔』を目指す。そこが、落ち合う場所じゃ」
「はあ。ですが、殿下も、それでよろしいのですか?」
ゲルヌは少し考えていたが、「うむ」と頷いた。
「余もそれが良いと思う。それに、古代神殿とやらに興味がある。見せてもらえるなら、だが」
これには、赤目族たちが笑った。
「見せるも何も、嫌でも目に飛び込んでくるであろう。この下は、ほぼ全域が古代神殿なのだ」
「ならば、話は決まった。クジュケ元参与、行こうではないか」
ゲルヌにそう言われては、クジュケも断れない。
「わかりました。参りましょう。ああ、それから、わたくしのことは、どうか、呼び捨てでお願いします。元参与と言われる度に、カルボンさまの顔がチラついて、どうにも落ち着きません」
「そうか。では、クジュケ、腰は大丈夫か?」
「はい、それはなんとか」
「では、行こう。おお、そうだ。シャンロウ、ゾイア将軍の容態に変化はないか?」
いきなり質問されたシャンロウは「はえ?」というような頓狂な声を上げ、すぐに首を振った。
「おらにそんなこと聞かれても、わかんねえだあよ」
聞いたゲルヌも苦笑した。
「すまぬ。専門家にでも聞かねばわからんな」
だが、ある意味専門家であるはずの赤目族たちは、ゾイアのことには一切触れようとしなかったのである。




