309 地下迷宮(5)
ガルマニアの支配下になってエイサが変わったことの一つに、やたらと傭兵が増えたということがある。
遮るもののない平地のど真ん中にあるエイサという都市は、もし、本気で防衛しようと思えば、国家並みの戦力が必要になる。
魔道師の都であった時代は、寧ろ逆に、全くの非武装であることを標榜していた。
その代わり、魔道の基礎を教育するという名目で各国の貴族や王族の子弟を預かっていたのだ。
実質的な人質である。
因みに、ウルスも幼い頃エイサの寄宿舎に入れられ、貴族の教養として魔道を教わっていた。
しかし、新興国であるガルマニアには貴族そのものが少なく、また、尚武の気風が強いため、子供に魔道を学ばせるよりは剣術の稽古をさせる親の方が多い。
よって、中原の中では唯一ガルマニアだけが、躊躇なくエイサを攻めることができた訳である。
ところが、焼き討ちによって魔道教育を行う設備は破壊され、貴族の子弟は帰国し、教師役の魔道師たちは全員逃亡してしまった。
ガルマニア帝国軍が背後にあるとはいえ、一都市に過ぎないエイサに大軍を常駐させる訳にもいかず、盛んに傭兵を募集して警備を強化していたのである。
さすがにこの分野だけはガルマニア人に任されており、マオール人たちは関わっていない。
傭兵の応募者の受付は通常の検問所とは別の入口にあり、今日も、ポツリ、ポツリと体格のいい男たちが訪れている。
「よし、次、入れ!」
促されて面接室に入って来たのは、南方系の色の浅黒い男と、金髪碧眼の少年である。
面接官を務めている、典型的な赤毛のガルマニア人が首を捻った。
「ん? なんで子供が一緒なのだ?」
南方系の男が、少し悲しそうに説明した。
「戦友の忘れ形見なんです。お互いに、生き残った方が家族の面倒をみようって約束でした。まあ、おれの方は、田舎に兄貴がいるだけですから、おれが先なら良かったんだが、戦友は幼子を残して、さぞや無念だったと思います。決してご迷惑はかけませんので、一緒に居させてください」
「うーむ」
面接官が悩んでいるところへ、別のガルマニア人が駆け込んで来た。
「検問所で大蛇が暴れているらしい! 応援に来てくれと要請があった!」
面接官はちょっと嫌そうな顔をした。
「マオール人め、都合のいい時ばかり使いやがって。まあ、仕方あるまい」
南方系の男が「おれたちなら、ここで待ってますよ」と言うと、面接官は面倒くさそうに手を振った。
「いや、合格だ。後の手続きは、入口の受付係に聞いてくれ」
それだけ告げて慌ただしく出て行った。
残された二人は、顔を見合わせてニヤリと笑う。
「上手くいきましたね、ウルスさま」
「でも、ぼくの替え玉の子は大丈夫かな?」
「まあ、おれの代役のおっさんと違って旅芸人の子供で演技は上手ですし、何しろあのヨルムどのが付いていますからね。一暴れしたら、サッと逃げるでしょう」
「そうだね。その間に、ぼくらは早くゲルヌを捜さなきゃ」
二人は傭兵に化けたツイムと、みすぼらしい服に着替えたウルスであった。
その頃、二人が捜すゲルヌと一緒に逃げているクジュケは、エイサの地下の隧道の空中で、予期せぬ人物と遭遇していた。
「久しぶりだな、クジュケ参与」
それは、クジュケのかつての上司、カルボン卿であった。
但し、その様子は尋常ではない。
ゲッソリと頬が痩け、目が真っ赤に光っている。
しかも、本来魔道師ではないのに、クジュケより巧みに浮身しているのだ。
最初の驚愕から醒め、クジュケは少し冷静になってカルボンに尋ねた。
「総裁閣下、いったいどうされたのです?」
だが、カルボンは皮肉な笑みを浮かべた。
「ふん。それはこっちの科白だな、クジュケ。蛮族軍に攻められたわしを残し、自分だけ逃げおって。ニノフに取り入ったかと思えば、次はウルスにつき、そして今はゲルヌの家来か。どこまで節操がないのだ、おまえというやつは」
クジュケはムッとした顔になった。
「お言葉ですが、総裁、いや、カルボンさま。逃げたのはお互いさまでしょう。それに、赤目族に憑りつかれたと聞いておりましたが、そのご様子では未だに」
「黙れ! 憑依などされておらぬ! わしがズールを乗っ取ったのだ! お陰で、今ではおまえよりも魔道を使えるぞ、こんな風にな!」
カルボンが突き出した掌から見えない波動が迸り、クジュケはドーンと撥ね飛ばされた。
ちょうど、クジュケの最初の絶叫を聞きつけて走って来ていたゲルヌとギータの前に、ドサリとクジュケが落ちて来た。
「うぐっ!」
ギータがポーンと跳ねてクジュケの横に立った。
「おぬし、大丈夫か?」
「はい、なんとか、あ、痛ててて」
腰を押さえるクジュケに、ゲルヌも尋ねた。
「如何したのだ?」
クジュケが答える前に、上から声がした。
「わしが懲らしめてやったのだ、その無節操男をな」
ゲルヌは見上げて、すぐに相手が誰だかわかったようだ。
「カルボン卿か。以前、おまえが父に拝謁しに来た時に見た記憶がある。さて、この中原に行き場のないはずのおまえが、何故ここにいる?」
カルボンの顔が、怒りと恥辱で真っ赤になった。
「黙れ、小僧!」




