308 地下迷宮(4)
魔道師の都と呼ばれていた頃のエイサは、様々な奇蹟を齎す土着信仰の聖地としても知られ、中原中の人々が巡礼に訪れていた。
当時は、明らかに害意のある者でなければ通行に制限はなく、検問所などもなかった。
それが、焼き討ちの後、ガルマニア帝国の支配下に置かれてから、都市の様相が変わった。
巡礼は必ず通行証を検められるようになり、自由な出入りは許されなくなったのだ。
ブロシウスの謀叛を経て、再びガルマニア領に戻った際、もう一段階変質した。
マオール帝国の息がかかった自由都市マオロンから、多数のマオール人が入植して来て、実効支配するようになったのである。
今でも形ばかりの市長が皇帝ゲルカッツェに任命されて赴任しているが、実質的な首長は、東方魔道師たちを束ねるマオール人の自警団長チャロアである。
しかも、中原の魔道師以上に隠密行動が多い東方魔道師たちが、いつどこで聞き耳を立てているのかわからない。
そのため、不審なプシュケー教団の信者三名の取り調べをしていたガルマニア人の役人は、目つきの鋭い長身の東方魔道師の男に交替しろと言われても、唯々諾々と従うしかなかったのである。
ゴツい体格のガルマニア人の役人がそそくさと出て行くと、男は代わりに椅子に座り、三人と向き合った。
既に支配者気取りのチャロアは無帽でいることが多くなったが、この男は東方魔道師の象徴である鍔広の帽子を目深に被っている。
実は、それは自分の帽子ではなく、シャンロウのものであったのだが。
男は三人の顔を順番に見比べながら、口を開いた。
一応、名乗っておこう。おれはタンリン。
ヌルギス皇帝直属の魔道師だ。
陛下の勅命で、この地に派遣されて来ている。
まあ、ここだけの話、チャロア団長のお目付け役としてな。
それはさて置き、本題に戻ろう。
筋肉自慢の阿呆な赤毛男は騙せても、このタンリンさまは誤魔化せんぞ。
プシュケーのみを唯一の神として信仰するプシュケー教団の信者が、かれらにとって邪教の都であるエイサになど来るはずがない。
言え、おまえたちは何者だ!
すると、再び何か言い返そうとした中年男を軽く手で押さえ、真ん中の青年が応えた。
目も髪も茶色で、中原の東北部に多い穏やかな容貌をしており、上品な笑みを浮かべている。
「わが教団のことを、よくご存知ですね。確かに、われわれはプシュケー以外を神とは認めません。但し、観光はいたします。古い史跡などを訪ね、昔の人々の生活に思いを馳せるのです。わたくしたちの方から巡礼だと言ってはおりませんよ。誤解です」
タンリンは鼻で笑った。
「魔道師の都であった頃ならいざ知らず、今のエイサに観光できる場所などない。それに、大人二人はともかく、ほれ、そこの子供は、おれの顔を喰いつきそうに睨んでいるぞ」
ずっと我慢していたらしい少年は、怒りの籠った声を上げた。
「ぼくの友だちが攫われたんだ! 犯人は、背が高くて目が鋭い男で、丈の長いマントを羽織り、鍔の広い帽子を被っていたそうだ。あんたみたいにね!」
タンリンは、「やっぱりな」と皮肉な笑みを浮かべた。
「襲撃の最期で不覚を取り、隠形が破れて姿を見られた。その上、足手纏いの小太りを置いてきたから、あいつがベラベラ喋ったのであろう。まあ、いずれはここに来られるものと、お待ちしておりましたよ、ウルス殿下」
その誘拐されたゲルヌが逃げたことを、犯人であるタンリンも、救けに来たウルスたちも、まだ知らない。
尤も、逃げ切れるかどうは、まだ微妙であった。
「なんて長い階段なんでしょう」
溜め息混じりにそう言ったのは、クジュケである。
螺旋状にカーブする階段を降りながら考え込んでいるゲルヌの代わりに、ピョンピョン跳びながら降りているギータが応じた。
「何を言う。おぬしたちは浮身しておるではないか。わしらから見れば、随分と楽そうに見えるぞ」
気絶したままのゾイアを運ぶため、クジュケはシャンロウと二人で左右から抱え、三人一緒に浮身して進んでいるのだ。
ギータに羨ましがられて、逆にクジュケは口を尖らせた。
「その分、理気力を消耗しております!」
声の大きくなった二人に、ゲルヌは「ちょっと静かにしてくれぬか」と頼み、振り返って後ろを凝視した。
「うむ、間違いない。誰か尾けて来ているぞ」
近くに寄って来たギータが、ゲルヌに尋ねた。
「尾けている、ということは、大蜥蜴ではなく、人間が、ということじゃな?」
「いや、そこまではわからぬ。だが、気配が上の方からする故、大蜥蜴でないことは確かだ。東方魔道師であろう」
二人の話が聞こえたらしいクジュケが、声を掛けた。
「それなら、わたくしが見て参りましょうか?」
ゲルヌは少し考え、「そうだな。しかし、無理はせぬように」と頼んだ。
「畏まりました!」
ずっとゾイアを抱えて退屈していたらしいクジュケは、「暫し、ここで待っておれ」とシャンロウに告げると、ゾイアを階段の壁際に下ろし、勇んで飛び立った。
途中、空中の鬼火をヒョイと摘まんで二つに分けると、「おまえはここに残れ。おまえはついて来い」とそれぞれに命じた。
クジュケは、そのままスーッと元来た途を飛んで行ったが、程もなく絶叫した。
「ああああっ、あなたさまはーっ!」




