307 地下迷宮(3)
本来大蜥蜴に使う強力な痺れ薬にやられ、ずっと気絶したままのゾイアを、クジュケとシャンロウが両側から抱え、引き摺るように隧道の中を進んだ。
あまり速度が出せない三人の横を、ゲルヌとギータは歩調を合わせてついて行く。
その頭上には、青白く燃える炎がフワフワと漂って、周囲を照らし出していた。
先程までと違って、ポンポン飛び跳ねずに普通に歩いて行けるギータは、余裕を持って周辺を眺めている。
「随分奥まで繋がっておるな。クジュケ、地上では今どの辺りじゃ?」
「知りませんよ!」
不慣れな肉体労働を強いられて、クジュケは不機嫌であった。
「方向と歩いた距離から考えて、恐らくエイサの中心部に近いと思う」
そう答えたのは、ゲルヌであった。
ギータは「成程のう」と感心した。
「それにしても、クジュケよ。これほどのものが地下にあるというのに、エイサの魔道師たちは今迄全く気づかなんだのか?」
自分自身の不明を責められているようで、クジュケは益々口を尖らせた。
「仕方ないでしょう! 老師ケロニウスですら知らないことを、高が中級魔道師に過ぎないわたくしが」
クジュケがそこまで言ったところで、ゲルヌが「静かに」と制した。後ろを振り返り、耳を澄ませている。
「やはり、大蜥蜴たちがついて来ているようだ。忌避剤はいざという時に取っておかねばならぬ。急ごう」
ギータも頷いて、「クジュケ、少し浮身したらどうじゃ」と提案した。
「無理ですよ! またわたくしに、この二人の重量を持ち上げろと言うのですか!」
「そのことなんじゃが」
言いながら、ギータはシャンロウの方に回った。
「最初は帽子がなくとも飛んでおったのだから、おまえも自力で浮身できるはずじゃろう?」
シャンロウは、子供がイヤイヤをするように首を振った。
「あれは騙されただよ。もう、できねえよ」
これにはクジュケが反論した。
「そんなことはありません。わたくしは暗示をかけただけです。暗示は何でもさせることができる訳ではありません。元々本人ができることのみです。だから、あなたにも必ずできるはずですよ、シャンロウ」
「そう言われても、なあ」
渋るシャンロウに、突然、ゲルヌが大声で命じた。
「東方魔道師シャンロウ! 緊急事態である! 浮身せよ!」
「はいーっ!」
その瞬間、ゾイアを肩に担いだまま、シャンロウの身体がフワリと浮かんだ。
「あれ? おら、浮いてるかい?」
ゲルヌは珍しくニヤリと笑っている。
「そのようだな。大きな声を出してすまなかった」
反対側のクジュケも「ならば、わたくしも」と浮身したため、格段に移動速度が上がった。
ギータだけはやや不満そうに、「せっかくのんびり歩けたものを」と言いつつ、またポーンポーンと飛び跳ねた。
ゲルヌも少し駆け足となったが、時々後ろを振り向いては、様子を窺っている。
と、先に進んでいるクジュケが、「おお、これは!」と驚きの声を上げた。
ゲルヌとギータも追いつき、息を呑んだ。
隧道の先が緩くカーブして、しかも、下りの階段になっている。
クジュケが振り向いて、「如何しましょう?」と尋ねた。
前進することを決め、皆を急かしたゲルヌは、ちょっと唇を噛んだ。
「下りか……」
横に来たギータが、ゲルヌの背中に手を置いた。
「気に病むことはないぞ。あの時点では前進する以外の選択肢はなかった。それに下りっぱなしということはあるまい。必ず、その先に出口はあるはずじゃ」
ゲルヌはもう一度振り向いて後方を確認すると、力強く頷いた。
「迷っている暇はないようだ。大蜥蜴の足音が迫って来ている。残りの忌避剤をここで使い切り、あの階段の先に活路を求めるしかあるまい」
そう言いながら懐から薬瓶を取り出すと、ゲルヌは後ろに向かって思い切り投げた。
ガチャンとガラスの割れる音が隧道に響き、強烈な異臭が漂う。
「行こう!」
ゲルヌたちを追いかけていた大蜥蜴の群れは、突然また忌避剤の臭いが強くなったため、戻ろうとする先頭集団と、進もうとする後続がぶつかり、恐慌状態になっていた。
その上をゆらゆらと輪郭がぼやけた人影が飛んでいる。
その両目の部分だけが赤く光っていた。
人影は奥に進みながら、ブツブツ呟いている。
「いいぞいいぞ。予定どおり地下へ向かっているようだ。おまえたちが結界を乱してくれれば、わしの入り込む隙もできるであろう。わしを置いてけぼりにした連中に、目にもの見せてくれるわ!」
同じ頃、地上のエイサの検問所では、プシュケー教団の巡礼三人が別室で取り調べを受けていた。
三人とも男で、中年と青年と少年である。
対応している役人は赤毛のガルマニア人で、本来は武人であるらしく、ゴツい身体つきをしている。
胡散臭そうに、三人と通行証を何度も見比べた。
「プシュケー教団の信者が、何故エイサに来るのだ? しかも、見たところ、出身地もバラバラのようではないか」
三人を代表して、色の浅黒い南方系の中年男が何か弁明しようと口を開きかけた時、取調室の外から声がした。
「おれが査問しよう」
そう言って入って来たのは、目つきの鋭い東方魔道師であった。




