305 地下迷宮(1)
一方、地下の隧道で前方に多数の光る目が蠢くのに気づいたクジュケは、押し殺した声で「隠形しますので、わたくしの腕へ!」と、ギータに囁いた。
「うむ」
ポーンと跳び上がって来たギータをクジュケが空中で受け止めると、闇の中でも微かに見えていた二人の輪郭が、フッと溶けるように消えた。
だが、光る目は、見えないはずの二人の方に真っ直ぐに向かって来ている。
「臭いか」
ギータが呟くのを「シッ」と制し、クジュケは「上へ」とだけ告げると気配を消した。
ちょうど二人がいた辺りに集まって来た光る目の生き物たちは、グルグルと低い声で唸りながら歩き回り、二人を探しているようだ。
と、向こうの方で揺らめく明かりが見え、中原の言葉ではない声で言い争っているのが聞こえた。
続いてガラガラという金属的な音が響き、ドサッ、ドサッと何か重い荷物を放り投げるような音が二回聞こえた。
また罵り合うような声がし、ガラガラと金属的な音がして、一方の声が聞こえなくなった。
同時に明かりも消える。
残された方の声は、消えた声に向かって怒りをぶつけているようだったが、急に中原の言葉で違う方向に話しかけた。
「なあ、起きてくれよ! おら、こんなところで大蜥蜴に喰われて死ぬのは嫌だよ!」
クジュケとギータの近くに集まっていた光る目の生き物たちは、新たな獲物の存在に気づき、わらわらとそちらに移動し始めた。
「わあっ! こっちに来てる! ゾイア将軍、起きてくれよ! おらを助けてくんろ!」
その叫び声に聞き覚えがあったのか、ゾイアの名を耳にしたからなのか、クジュケは「そこで待っていなさい!」と大きな声を出した。
暗闇に青白い炎がボッと灯り、見る間に大きくなって辺りを照らす。
隧道の中には十頭を超える大蜥蜴の姿があった。
まだ仔馬程度の大きさであるから、成獣ではないようだ。
それでも、大きな口から覗く歯は、一本一本が刀子の刃先程もある。
急に明るくなったため、大蜥蜴たちは驚いて動きが止まっていた。
短い首を精一杯曲げて、隠形を解いたクジュケが天井に張り付いているのを見上げ、威嚇するように唸っている。
その先に、縛り上げられたシャンロウと、グッタリしたゾイアが倒れていた。
シャンロウは、天井近くに浮き上がって指先から炎を出している相手が、一緒に飛んで来た仲間だとわかったようだ。
「ああ、コジュケーさん! おらを助けてくれろ!」
「クジュケです!」
少し怒ったように訂正しながらも、クジュケはどうやって二人を救けるべきか、悩んでいるようだ。
「困りましたね。大蜥蜴の数が多過ぎる上に、どうやらゾイアどのは気を失っておられるようです」
「あの二人も一緒に浮かせるのは無理かの?」
炎を出していない方の腕一本で抱えているギータに聞かれ、クジュケは「それしかないでしょうね」と迷いながら、ゾイアたちの方に空中を移動した。
大蜥蜴たちの目がそれを追う。
ゾイアとシャンロウが倒れているのは、頑丈そうな太い鉄格子の前だった。
その向こうに少し空間があり、外に通じているらしい扉が見えている。
クジュケが振り向くと、止まっていた大蜥蜴たちが動き出し、こちらに向かって来ていた。
「ギータどの、わたくしの背中に廻ってください!」
「心得た」
ギータが移動するのを待って、クジュケは、指先の炎をフーッと吹いた。
すると、炎は指から離れ、独立して空中に浮かんだ。
両手が自由になったクジュケは、俯せに降下して左右の手で倒れているゾイアとシャンロウに触れた。
「持ち上げます!」
二人の身体はクジュケの掌に吸い付き、背中のギータと併せて三人分の重量が懸かった状態で、クジュケは何とか浮上した。
「くうっ!」
苦しげに呻くクジュケの下を、獲物に喰らいつこうと集まって来た大蜥蜴たちが、互いの身体を乗り越え乗り越え、大きな口を上に向けてガチガチと歯を鳴らしている。
その時、鉄格子の向こうの扉の方から、足音と話し声が聞こえてきた。
「消えよ、鬼火!」
クジュケが命じると、青白い炎が消え、周囲はまた闇に包まれた。
浮かんでいる四人の輪郭もスーッと消える。
クジュケが空中浮遊したまま隠形した直後、鉄格子の向こうの扉が開いて、明かりが差し込んだ。
鍔広の帽子を被った東方魔道師が三名現われ、その内の一人が持っている綱の先に、両手首を前で縛られた赤い髪のゲルヌらしき姿が見えた。
もう一人は、手に松明を持って、辺りを照らしている。
何も持っていない先頭の魔道師が、鉄格子のこちら側を覗き込み、ニヤッと笑った。
「おお、久しぶりの活き餌に大蜥蜴たちが、昂奮しておるようだな。ほれ、もう一匹追加してやるぞ」
ゲルヌを振り向いて、「さあ、観念せよ」と笑いながら告げた。
だが、言われたゲルヌの方も笑顔で応える。
「たとえ死が目前に迫っていようと、余は最期まで諦めはせぬ」
魔道師たちは嘲笑った。
「ふん。強がれるのも今の内さ。泣いて赦しを請うても、もう遅いわ!」
ゲルヌは、態とらしく首を傾げて見せた。
「はて、おぬしらに、余を赦す権限などあるのか?」
先頭の魔道師が「ええい、小賢しいやつめ!」と苛立ちながら、両手でガラガラと鉄格子を上に引き上げた。
「さあ、入れ!」
ゲルヌを中に押し込むと、すぐにガラガラと鉄格子を下ろし、ガチャリと鍵を掛ける。魔道師は再び嘲るような笑みを浮かべ、ゲルヌに告げた。
「小僧、おまえの最期とやらを見届けてやりたいが、晩飯が不味くなるからやめておく」
そのまま立ち去ろうとする魔道師たちを、ゲルヌは平静な声で呼び止めた。
「ちょっと待て」
「命乞いなら、もう遅いわ!」
「いや、そうではない。これを解いてくれぬか」
ゲルヌは、縛られたままの両手首を上げて見せた。
魔道師たちはゲラゲラと笑い出した。
「阿呆! そんなことをしても意味はないわ! ほれ、もう餌が待ち切れぬとよ!」
ゲルヌが振り返ると、十頭以上の大蜥蜴がこちらを囲んでいる。
「小僧、さらばだ!」
扉が閉まり、暗闇の中で光る目だけが、ゲルヌに迫って来ていた。




