表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
318/1520

304 誘拐(15)

 ゲルヌが幽閉ゆうへいされている部屋に、潜時術せんじじゅつを使って入って来たサンジェルマヌスに対し、ゲルヌは今すぐ逃げるつもりはないと告げたのである。


 サンジェルマヌスはその理由は聞かず、別のことを問うた。

「わしのことを知っておるのか?」

 ゲルヌは、サラサラとした赤い髪を白い指先でかき上げた。

「伝説の大魔道師としてならずっと以前から、時の狭間はざまで色々悪戯いたずらをするおきなという意味でなら、ウルスから聞いた」

「ほう、ウルスのほうか。ああ、成程なるほど。ウルスラの経験することはウルスも共有するのであったな。で、わしが殿下でんかたすけに来たと、思ったのであろう。それは違うな」

「誤解であるなら、すまなかった。よければ、そこの椅子に掛けられよ」

 ゲルヌは、この部屋の寝台ベッドとサイドテーブル以外の唯一の家具である質素しっそな椅子をすすめた。

「うむ。では、遠慮なく」

 サンジェルマヌスが座るのを待って、改めてゲルヌはたずねた。

を救けるのが目的ではないとすると、何故なにゆえここに?」

 サンジェルマヌスは苦笑しつつ、話し始めた。



 まず、説明して置かねばならんのは、本来この時の狭間では、因果いんがを乱すようなことはできぬ、ということじゃ。

 したがって、通常はここで経験したことの記憶は残らない。

 ウルスラの戴冠式たいかんしきの場合も、わしは最低限の情報を意識下いしきかに与えたが、あとはウルスラが自力で跳躍リープしたのだ。


 まあ、ドーラとの対決ではもっと深く関わらねばならなかったが、それは別の理由じゃ。

 あまりにも重大なことじゃから、ウルスラの記憶にも残るように操作そうさした。


 ともかく、単純に転送ポートで殿下をここから救うというわけにはいかんのだ。

 わしにできるのは、必要な情報を伝えることだけじゃ。

 おお、ちと不遜ふそんな言い方になるが、『みずからをたすける者を助ける』ということさ。


 前置きが長くなってすまんの。

 わしが伝えに来たのは、このエイサの歴史上の秘密じゃ。

 これは、あの老師ケロニウスですら知らぬことよ。


 はるかな昔、わしの故国ダフィニアがまだ未開の島であった超古代、ここにはすでにイサニアという高度な文明を持った都市があった。

 ところが、中原ちゅうげん全体に人が住めなくなるような大異変だいいへんが起こり、イサニアはほろんだ。

 生き残った人々の大半はダフィニア島にのがれ、そこで新たな文明をきずいた。


 ところが、その大異変の影響なのか、元々普通の人間であったはずの人々は、極端に長い寿命じゅみょうたり、両性具有りょうせいぐゆうになったり、神通力じんつうりきを持つように変わっておった。

 そう、今でう、失われた種族じゃよ。

 一方、中原のほうは無人の地となっておったが、徐々じょじょに人が住める状態に戻り、影響を受けなかった周辺の未開地にいた当時の蛮族たちが少しずつ流入して増えていった。

 それが、今の中原の諸民族となったのだ。

 その後、古代文明都市イサニアの跡地あとちに、主知ノシス族が新たに自由都市イサニアをつくったのじゃ。


 おお、また、寄り道が長くなったの。本題に戻そう。

 さて、この地が自由都市イサニアであったころ、地下に古代神殿が再建され、そこへ参拝するため迷路のような隧道ずいどうつくられていた。


 その少し後、ダフィニア島が海没かいぼつしたんじゃ。

 ほかの失われた種族も一斉いっせいに中原に渡って来たが、その中にアルゴドラスもおったのさ。

 アルゴドラス聖王によってイサニアが滅亡めつぼうさせられた際、地下の古代神殿はノシス族自身の手によって厳重に封印ふういんされ、そのまま遺棄いきされておった。


 長い年月のあいだにその上に土がもり、いつしか地下の神殿も隧道も忘れ去られ、その上に魔道師のみやこエイサができた。

 封印が厳重であったため、地上に住む魔道師たちでさえ、何も気づかなかったのだ。

 それを偶然発見した者がいた。

 かの謀叛人むほんにんブロシウスじゃよ。

 自分の帝国をつくるため、せっせと古代の文献ぶんけんをあたりながら、市内の調査を行っている際、かすかな磁場じばの乱れに気がついた。

 地下に巨大な空洞くうどうがあるとわかり、発掘はっくつを始めたところで、殿下の兄上ゲルカッツェにたれたのだ。


 その後の混乱で、そのまま放置されておったが、最近になって東方魔道師たちが発掘を再開し、取りえず隧道の一部は通れるようになった。

 ところが、実利的じつりてきなかれらは、迷路のような隧道の奥まで調べず、別のことに利用し始めたのだ。

 こののち、殿下はそこに連れて行かれる可能性が高い。

 その時が、逆に脱出の好機チャンスとなろう。



 サンジェルマヌスは一旦いったん話をめ、ふところから薬瓶くすりびんのようなものを取り出した。

「そのために、これを用意した。一種の忌避剤きひざいじゃ」

「忌避剤?」

 いぶかしげなゲルヌに、サンジェルマヌスはニヤッと笑って片目をつぶって見せた。

「詳細は知らぬほうがよい。それに、言ったところで記憶に残らぬ」

 ゲルヌは戸惑とまどった顔になった。

の記憶を消すのか?」

 サンジェルマヌスは笑顔のまま、首を振った。

「消すのではない、消えるのだ。ただし、それでは意図いとが伝わらぬから、置き手紙でも残しておこう。殿下はわしのことを知っておったから、最小限のことだけ書いておけばいいじゃろう」

「しかし、最初に言ったように、余はすぐに逃げるつもりはない」

「そうであったな。それは何故なぜじゃ?」

 聞かれたゲルヌは、珍しく悲しげな表情になった。

「この地は、き父が中原の中心にしようとなされた都市だ。兄ならともかく、マオール人の自由にはさせたくない。できればこの際、取り戻したいと思っている」

 その無謀むぼうな決意をサンジェルマヌスは揶揄やゆすることなく、うなずいた。

もあろう。だが、それは今ではあるまいよ。危機の際、逃げること自体ははじではない。また出直せばよいのだ。それに、殿下にその気がなくとも、間もなく逃げざるをない状況になる」

 ゲルヌの決心は早かった。

「わかった。逃げることにしよう」



 ふと、われに返ったゲルヌは、ランプの明かりがれているのに気づいた。

「ん? 何だか、一瞬だけ夢を見たような気がするが……。おや?」

 ゲルヌは、サイドテーブルの上に乗っている薬瓶に気づいた。

 その下に小さな紙切れがある。

「何だ、これは?」

 紙切れには、次のように書いてあった。


【危険がせまったら、これを周囲にけ。悪戯好きの翁、サンジェルマヌスより】


「ほう。そういうことか」

 ゲルヌが薬瓶と紙をふところにしまった直後、いきなりとびらが開いた。

 東方魔道師数名が立っている。

「ゲルヌ皇子おうじ、一緒に来てもらおう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ