302 誘拐(13)
エイサへ繋がる地下通路らしき地図を手に入れたギータとクジュケは、ゾイアたちの墜落した場所より少しエイサ寄りの場所に降り立った。
「この辺りに枯れ井戸があるはずなんじゃが」
地図を見ていたギータがそう呟くと、クジュケが「あれでしょう」と指差した。
殆ど草木もない荒れた大地が坦々と広がる中、一箇所だけゴチャゴチャと石が積み重なった場所があった。
二人が行ってみると、原形を留めない程石組が崩れているが、それが井戸であったことは辛うじてわかった。
しかし、中を覗き込んだギータは、小さな肩を竦めた。
「こりゃ完全に埋まっとるな」
崩れた石組や周辺の土砂が入り込み、井戸の穴を塞いでいる。
クジュケがニヤリと笑った。
「わたくしは、これでも魔道師の端くれ。お任せあれ。少し離れていてください」
クジュケは何か呪文のようなものを唱えると、スッと右の掌を上向きに突き出し、小指の側から順番に指を曲げた。
拳になるとまた開いて、同じことを繰り返す。
と、枯れ井戸の中から、ポンと石が一個飛び出した。
そして、また一個。
今度は三個。
そして、バラバラと噴き上げるように石と土砂が出てきた。
遂にゴーッと音を立て、砂礫の噴水のようになったが、徐々に勢いがなくなり、やがてピタリと止まった。
「どれどれ」
離れていたギータがポーンと跳んで、再び枯れ井戸の中を覗いた。
「おお、随分深いな。底が見えん」
「降りてみましょう。底に横穴があるはずです。ギータどの、またわたくしの腕にどうぞ」
「すまんの」
ギータを抱えると、クジュケの身体がフワッと浮き上がり、枯れ井戸の穴の上に来た。
「参ります!」
「うむ」
スーッと沈んで中に入り、見えなくなった。
一方、東方魔道師たちに連行されたゾイアとシャンロウは、エイサの警備団長チャロアの前に引き出されていた。
以前、異形のゾイアが来た時と同じ塔の上層階の部屋で、外が見える大きな窓を背にした執務用の机に、でっぷりと太ったチャロアが座っていた。
今日は帽子を被っていない。
その代わり前回の失敗に懲りてか、六人の魔道師たちをゾイアの後ろに控えさせている。
「この前は、よくも恥をかかせてくれたな」
憎しみの籠った眼で睨むチャロアに、ゾイアは笑顔を見せている。
「おお、そうであった。あの時は、われも自分で変身を制御できなかったのだ。口も変形して上手く喋れず、怖がらせてしまったな。すまないことをした」
異形の怪物となったゾイアに生命を脅かされたチャロアは、ゾイアの暢気な言い方に激昂した。
「ふざけるな! このチャロアさまを怒らせるとどうなるか、覚悟せよ!」
ゾイアはフッと笑った。
「覚悟なら、われは常にしている。寧ろ、覚悟すべきはおぬしたちであろう」
「なにいっ!」
上半身裸のゾイアを固く縛めていた綱が、バラバラと下に落ちた。
見ると、ゾイアの身体が一回り以上細くなっている。
と、ゾイアが止めていた息をフーッと吐き出すのに合わせて、身体がボンと元に戻った。
ゾイアは、再びチャロアに微笑みかけた。
「異形になった際、苦し紛れに身体を意図的に変形する術を学んだのだ。お陰で、今ではかなり自在に操れるぞ。こんな風に」
ゾイアの右腕がビューッと伸びて、チャロアの胸倉を掴んだ。
「くっ、やめろ! おまえたち、こいつを取り押さえよ!」
チャロアが六人の魔道師に命じた時には、ゾイアの左腕が後ろに伸び、一撃で全員を薙ぎ倒していた。
「何だ、その様は」
冷ややかにそう言ったのは、チャロアではなかった。
ゾイアが声のした方を見ると、開け放たれていた窓から長身の男が入って来るところであった。
倒された六人と同じく、丈の長いマントを羽織り、鍔広の帽子を頭に乗せている。
その鍔の下から覗く目つきが鋭い。
帝都ゲオグストのチャドス宰相の許から戻ったタンリンであった。
「ほう。おまえが噂の獣人将軍か。あまり調子に乗るなよ」
その言葉が終わらぬ内に、ゾイアの胸に刀子が突き刺さっていた。
タンリンが投じたようだが、あまりにも速過ぎてゾイアでさえ見えなかったようだ。
「くうっ、痺れ薬か!」
伸びていた両腕がスルスルと元に戻るのと同時に、ゾイアは仰向けに倒れた。
ギータを抱えたクジュケは、枯れ井戸の底に着いた。
「ほう、風がありますね」
ギータを降ろすと、クジュケは風に乱れた銀髪を手で直した。
「うむ。確実に外に繋がっておるようじゃな。ところで、わしも多少は夜目が利くものの、この暗さでは鼻を摘まれてもわからん。灯を頼む」
「心得ました。ですが、何が見えても驚かれませんように」
ポッと周囲が明るくなった。
ギータが見上げると、クジュケが立てた人差し指の先から青白い炎が出ている。
その視線を下に戻した瞬間。
「むっ!」
明るくなったため、ギータにも床に転がっているものが見えたのである。
それは、人間の髑髏であった。
それも一個や二個ではない。
「こりゃ、そんなに古いもんじゃないのう」
クジュケも「ええ」と短く答えた。
ギータはクリッとした目を細めて、横穴の奥を凝視した。
「さてさて、向こうに何がいるにせよ、行くしかないわい」




