301 誘拐(12)
珍しく駄々っ子のようにゲルヌ皇子を救いに行きたいと言い張るウルスに、ツイムは状況の厳しさを伝えたが、納得してもらえない。
そこに、自分も共に行こうと声を掛けたのは、ヨルム青年であった。
ヨルムは部屋の中を覗き込んで、ニッと笑った。
「外まで聞こえていましたよ」
滞在していたダナムからサイカに戻るため、バタバタと準備をしていた最中であったので、二人は部屋の扉も閉めずに大声でやり合っていたのである。
ツイムは、日に焼けた顔に照れたような笑みを浮かべて謝った。
「すまねえな。おれもつい声が大きくなっちまったようだ。でも、一緒に行くってのは本当かい?」
「ええ。サンサルス猊下から、申し付かっておりました。お二人がサイカにお戻りのようならお見送りし、万が一、エイサに向かうと仰るようならお供をせよ、と」
そのサンサルス自身は、昨日、二人に先立って聖地シンガリアへ向けて出発していた。
ツイムは感心したように頷いている。
「へえ。やっぱり千里眼ってやつなのか。何でもお見通しなんだな」
「あ、いえ、それが」
ヨルムが返事を躊躇ったところで、黙っていたウルスが話を引き取った。
その声が既に怒っている。
「わかってるよ。どうせ、姉がそう言うと思ってたんだろう。でも、違うよ! ゲルヌはぼくの親友なんだ!」
謀叛によって親を殺され、国を追われたという同じ境遇のせいか、ウルスとゲルヌは出会った当初からウマが合っていた。
それが包囲戦の中でウルスラが表面に出ていることが多くなり、微妙な距離感ができてしまった。
そこに、今回の誘拐事件が起きたのである。
十歳ぐらいだと、男女の恋愛感情よりも友情の方が強く心を揺さぶるのかもしれない。
ヨルムは深く頭を下げた。
「失礼いたしました。勿論、猊下も悪気があって言われた訳ではないのです。逆に、今後のウルス殿下の伸びしろ、あ、いえ、成長が楽しみだと」
益々頬を膨らませているウルスに、執成すように今度はツイムの方が頭を下げた。
「申し訳ありません。おれも覚悟を決めました。エイサに参りましょう。但し、決して無茶をなさいませんように」
ウルスも表情を改めた。
「うん。わかってるよ。ごめんね、我儘を言って」
言われたツイムは薄っすら目に涙を浮かべて、笑った。
「いいえ、嬉しいです。本当は、おれも救けに行きたかったので」
その頃、自分とシャンロウを捕虜にしてくれと告げたゾイアを、東方魔道師たちは厳重に縛り上げていた。
「この綱は、野生の麻を魔道で撚り合わせたものだ。鉄の鎖よりも強い。無駄な抵抗はするなよ」
東方魔道師の一人に念を押され、上半身裸のゾイアは笑顔で「無論だ」と応えた。
シャンロウについては特に縛ることもせず、「サッサと立て!」と命じた。
シャンロウは渋々立ち上がったが、背中を丸め、時折「うっ」と痛そうに呻いている。
ゾイアとシャンロウを並んで立たせると、六人の魔道師が丸く囲んで手を繋いだ。
「では、跳ぶぞ!」
小さな点がポッと空中に光り、八人全員を包むように膨らむと、次の瞬間にはフッと全員消えていた。
暫くして、誰もいないその場所で声がした。
「もういいでしょう」
色や形が蜉蝣のように揺らめきながら、子供のように小さな老人を腕に抱えた、耳の先が少し尖った銀髪の中年男が現れた。
ギータとクジュケである。跳躍すると見せかけて、この場に隠形していたらしい。
ギータを地面に下ろすと、クジュケは「ゾイア将軍は大丈夫でしょうか?」と尋ねた。
ギータは、皺深い小さな頭を傾げている。
「うむ。何か考えがあってのことじゃろう。問題は、わしらがどうするか、じゃな。先程のように姿を消して、エイサに入れるかの?」
クジュケは苦笑して首を振った。
「とても無理です。さっきだって、冷や冷やでした。かれらがゾイア将軍に気を取られていなければ、気づかれたでしょう」
「巡礼姿に身を窶すというのも、今のエイサでは難しかろう。はて、どうしたものか。ん、あれは何じゃ?」
ちょうどシャンロウが倒れていた辺りに、小さな紙のようなものが見える。
風に飛ばされそうになっているため、クジュケが小走りで行って拾い上げた。
「何でしょうね、これは?」
紙には縦横に線が描いてある。
それを前後左右に動かしていたクジュケは、「あっ」と叫んだ。
「地図です! 地下通路を通って、エイサの中に入れるようです!」
「何じゃと!」
ギータは、ポーンとクジュケの近くまで跳び、横から紙を覗いた。
「うーむ。確かにのう。あの僅かの時間に描けるものではあるまい。前から持っていたものだろうな。落としたのか、或いは態と置いたのか」
クジュケはプッと吹き出した。
「態とは、ないでしょう。あの男のことです。うっかり落としたんですよ」
「そうじゃろうか。まあ、よい。とにかく、行こう。ゾイアたちのところへ」
ギータを抱えてクジュケが飛んで行った後、再び色や形が蜉蝣のように揺らめいて、別の人物が現れた。
頬がゲッソリ痩け、両目を真っ赤に光らせた男である。
「態と置いたのさ。但し、あの小太りの男ではなく、このわしがな」
それは、赤目族から追放されたはずの、カルボン卿の姿であった。




