300 誘拐(11)
バロードにドーラがいると思い込んでいるゾイアたちは、バロードの上空を通過することを避け、大きく南に迂回する航路を採っていた。
バロードを含む中原の西北部の中でも北寄りの暁の女神の砦から出発し、緩衝地帯の上空を南下して、中原の中央部を真東に進んだ。この線上に目指すエイサがある。
鳥人形態のゾイアの背中にボップ族のギータが乗り、ゾイアの身体に繋いだ綱をクジュケとシャンロウが浮身しながら掴む。
こうすることで、それぞれの負担が最小で飛行できるのだ。
順調に進んでいた一行だったが、エイサのかなり手前で、警戒飛行中の東方魔道師たちに遭遇してしまった。
しかも、通常は帽子がなければ魔道が使えないかれらが、シャンロウが無帽であることを指摘したのである。
その瞬間、クジュケが掛けた暗示が解け、シャンロウはロープを握ったまま落下し、いきなり小太りのシャンロウの全体重が懸かったゾイアも一緒に落ちてしまった。
「ああっ、危ない!」
そう叫んだのは、東方魔道師が近づく前に自力で飛行していたクジュケである。
ゾイアの背中から振り落とされてしまったギータを、急いで空中で捕獲した。
「すまんのう」
腕の中で詫びるギータに、クジュケは切迫した声で叫んだ。
「一旦この場を離れます!」
ギータを抱えたままクジュケが跳躍すると、直後に二人がいた空中を十本以上の刀子が通り過ぎた。
東方魔道師たちが投げたものである。
獲物が逃げたことに気づき、東方魔道師たちはその場で空中浮遊して相談した。
『どうする? リープの航跡を追って、われわれも跳ぶか?』
『いや、雑魚に用はない。目標は、あくまでも獣人将軍だ。いつか必ず舞い戻ると確信して巡回していた甲斐があったというものではないか』
『そうだな。しかも、裏切り者のシャンロウというおまけ付きだ』
『よし! 大体の落下地点は目視していた。追うぞ!』
東方魔道師たちは、次々と身を翻して降下し始めた。
一方、均衡を崩して墜落しつつあったゾイアは、何とかシャンロウが地面に激突する前に上昇に転じた。
が、急に軽くなったため下を見ると、シャンロウがロープから手を離して落下している。
「いかん!」
ゾイアも急降下して追ったが、到底間に合わない。
最初に落ち始めた時に比べれば随分高度は低いのだが、下は草も木もない荒地で、シャンロウが大怪我することは免れないだろう。
と、ゾイアの両腕がビューッと伸びた。
将にシャンロウの胴体が地面に着く寸前、ゾイアの両手が下に回り込み、衝撃を和らげる。
「ぐえっ!」
それでも背中を地面に打ち付けて、シャンロウは呻き声を上げた。
ゾイアは、伸び切った腕を縮めるのと並行して降りて来た。
「大丈夫か?」
見たところシャンロウに怪我はないようだが、暫くは声も出せないようであった。
ゾイアはチラリと上空を振り返る。
「むう。やはり追って来ているな。あのぐらいの人数なら、たとえ魔道師でも負ける気はしないが、おまえを置いては行けぬ。已むを得まい」
ゾイアは、背中の翼を引っ込めて人間の形態に戻ると、クジュケとシャンロウを引っ張っていたロープを革の帯ごと外した。
下帯だけとなり、羽毛が消えた上半身は裸である。
そこへ黒い鳥のような東方魔道師たちが、ゾイアとシャンロウを囲むように次々に降り立った。
全部で六名いる。
中の一人がサッと一歩前に出て、いつでも投げられるように刀子を構えた。
「獣人将軍! 先日はよくもわれわれに恥をかかせたな。覚悟せよ!」
それを合図に、他の五人も手に手に刀子を持った。
全員殺気が漲っている。
だが、ゾイアは両手を拡げて見せ、笑顔すら浮かべて東方魔道師たちに話し掛けた。
「ほれ、このとおり丸腰だ。抵抗はせぬよ。連れのシャンロウも、まだ動けそうにないしな。そこで相談がある。われから進んで捕虜になるから、エイサの警備団長チャロアのところへ連れて行ってくれぬか?」
自分もゲルヌ皇子を救けに行きたいとウルスが言い出した時、ツイムは自分の耳を疑った。
滞在していたダナムを出発する前に、旅の際にはいつもそうするようにウルスラからウルスに交替して、男の子向きの服装に着替えた後のことである。
「今、何と仰いました?」
ウルスは少し口を尖らせて繰り返した。
「だから、攫われちゃったゲルヌを救けに行きたいんだよ!」
「ですが、それはギータどのがゾイア将軍に頼んだ、と」
「わかってるよ! でも、ゾイアは遠い。ぼくらは近い。だったら、ぼくらの方が早く着けるじゃないか!」
珍しく感情が昂ぶり、ウルスの言うことは子供じみていて、事情を知っているツイムにさえわかり難かった。
「それはつまり、ゲルヌ殿下の囚われているというエイサには、ゾイア将軍のいらっしゃるエオスの砦よりも、このダナムの方が距離的に近い、ということでしょうか?」
ウルスは地団太を踏んで、「そうだよ!」と叫んだ。
長い間旅を共にしたツイムも、このようなウルスの姿を見るのは初めてであった。
「少し落ち着いてください、ウルスさま。確かに距離は近いでしょう。ここからサイカに戻るより近いくらいです。でも、エイサは最早魔道師の都ではありませんよ。ガルマニア帝国に征服され、ブロシウスに奪われ、またガルマニアに取り返され、そして今は、実質的に暗黒帝国マオールの支配下にあります。弱音は吐きたくありませんが、とてもおれ一人の力では無理です」
最初から戦力外の扱いに、ウルスが言い返そうとした時、部屋の外から声がした。
「わたくしが、一緒に参りましょう」




