296 誘拐(7)
ギータの依頼により、東方魔道師に攫われたゲルヌ皇子を救うことを承諾したゾイアたちは、暁の女神の砦の円卓のある会議室で話し合いを続けていた。
多忙なニノフは別の仕事に行き、入れ替わりに、食事を終えたシャンロウが加わっている。
クジュケが、そのシャンロウの小太りの体形を横目で見ながら、困ったような顔で発言した。
「最初の難関は、どうやってエイサまで行くのか、です。馬丁から聞いた話では、龍馬はもう一日ぐらい休ませないと走れないそうです」
ギータが小さな頭を下げた。
「すまぬ。わし一人ならともかく、シャンロウまで乗せたからのう」
満腹して少しボーッとしていたシャンロウは、自分の名が出て、「え?」とギータの顔を見た。
さすがにクジュケも苦笑して、「あなたも魔道師なら、浮身ぐらいすれば良かったのに」と言いながら、椅子から少し浮き上がって見せた。
因みに、サイカからの帰路、クジュケはずっと浮き上がって馬に乗っていた。
シャンロウは申し訳なさそうに、「帽子がねえから」と小声で応えた。
ギータが執成すように、「東方魔道師は帽子がないと魔道が使えぬ。そのように条件づけて訓練するらしいんじゃ」と説明した。
クジュケが天井を見上げ、「それじゃ、跳躍も無理か」と呻く。
「まあ、たとえリープが可能でも、エイサまでの中継点が最早安全ではないでしょうし、大きく理気力を消耗すれば、向こうに着いてから回復に時間が掛かってしまうでしょうし。ああ、どうすれば」
すると、黙って考えていたゾイアが、「うむ」と頷いた。
「われが皆を乗せて飛ぼう。それしかあるまい」
クジュケは驚き、「いやいやいや」と切り揃えた銀髪を揺らして首を振った。
「それは無理でしょう。わたくしは自力でも飛べますし、ギータどのも軽いでしょうが、しかし」
視線を感じたシャンロウは、また「え?」とクジュケの顔を見返す。
クジュケは立ち上がり、少しムッとしたように腰に手を当ててシャンロウを睨んでいたが、ツカツカと歩み寄った。
何をされるのかと怯えているシャンロウの顔の前で、クジュケはパチンと指を鳴らす。
「あなた、帽子を被っているじゃありませんか?」
「え?」
言われたシャンロウは、両手で頭の周辺の何もないところを探り、「あ!」と声を上げた。
「あった! 良かった!」
喜ぶシャンロウに、クジュケは畳み掛けた。
「浮身してみせてください」
「ああ、ええだとも!」
シャンロウの小太りの身体が、椅子から浮き上がる。
クジュケは、ゾイアの方に振り返り、悪戯小僧のような笑顔で「飛行準備、整いました」と告げた。
その後、バタバタと支度をして、一行はエオスの砦からバロードの南側を迂回する航路で飛ぶことになった。
忙しいニノフの代わりに見送りにきたケロニウスに、弁解するようにクジュケが理由を説明した。
「本当は、バロードの上空を突っ切る方が早いのですが、さすがに向こうに気づかれるでしょうから」
「うむ。必ずドーラに察知され、邪魔をされるじゃろう。急がば回れ、じゃな」
そのドーラが今はガルマニアに行って留守にしていることなど、二人は知る由もない。
「ちぇっ、おいらも行きたいなあ」
そう溢したのは、無論、ロックである。
ケロニウスのようにニノフに見送りを頼まれた訳ではない。
ゾイアが苦笑して、「ギータが何か頼み事があるそうだ。聞いてやってくれ」とロックに教えた。
ゾイアは皆を乗せると言ったが、それはやはり無理であり、実際にはギータのみを背中に乗せ、浮身したクジュケとシャンロウを綱で引っ張ることにした。
「自力でも飛べますのに」
遠慮するクジュケに、ゾイアは笑って首を振った。
「いや、それではおぬしらが疲れてしまう。浮身してくれれば、われの負担は大したことはない。それに、われが疲れた時には、逆に引っ張ってもらうさ」
驚くクジュケは、ゾイアがまだ笑っているのを見て冗談とわかり、ホッとした顔になった。
「ゾイア将軍を引っ張るのはさすがに無理ですが、その際には自力飛行いたしますので。なあ、シャンロウ?」
出発前の腹ごしらえと、砦の兵士が焼いてくれたパンを頬張っていたシャンロウは、「ん?」と顔を上げた。
クジュケが呆れているところへ、何事かロックと相談していたギータが戻って来た。
「すまんすまん。龍馬のことを頼んできた。充分休養させた後、ロックが乗ってわしらを追って来る」
ゾイアが「それは助かる」と頷いた。
クジュケは怪訝な顔で、「ロックどのが必要ですか?」とゾイアに聞いた。
ゾイアは珍しく片目を瞑り、人差し指を自分の唇に当ててみせた。
クジュケは、「ああ、そうか、必要なのはロックどのではなく」と言いかけたところへ、本人が姿を見せた。
「なんだよ、おいらの噂話か?」
クジュケは慌てて首を振った。
「あ、いえ、何でもありません。後詰めの件、よろしくお願いします」
ロックはニヤリと笑い、「任しときな!」と胸を叩いた。
「おいらが着くまで、活躍の場を残しといてくれよ!」
すっかり元気を取り戻したロックが力一杯手を振って見送る中、ゾイアたちは飛び立つ態勢を取った。
鳥人形態に変身したゾイアの背中にギータが乗り、胴体に巻いた革の帯から左右に繋いだロープをクジュケとシャンロウが持つ。
「では、行くぞ!」
ゾイアが声を掛けると、クジュケとシャンロウが浮身した。
ゾイアの背中から大きく伸びた翼がはためき、フワリと浮き上がる。
「気をつけて行けよ!」
そう叫ぶロックの声も、忽ち聞こえなくなった。




