288 和平会談(6)
サンサルスに、カルボン卿の謀叛の真相を指摘されたドーラは、口封じのためにガルマニア帝国のチャダイ将軍を抹殺した。
更に自らの孫であるウルスラさえ手に掛けようとしたところで、サンサルスが止めに入った。
その際、サンサルスはドーラに対して、アルゴドラス聖王と呼びかけたのである。
理気力を消耗し、急に老けた顔になっていたドーラは、天井を見上げると深い息を吐いた。
サンサルスを狙って構えていた掌を下げ、椅子に座り直す。
冠を外して目を半眼に閉じ、ゆっくりした呼吸をする内に、老婆のようであった顔が徐々に男性のものに変わっていった。
それは、蛮族の帝王の父ドーンやサイカの警備隊長ドラドであった時の筋骨隆々とした姿ではなく、ごく普通の老人の顔であった。
これが、本来のアルゴドラスの姿なのであろう。
フッと目を開くと、改めてサンサルスの方を見た。
女性用のドレスを着ているため、やや違和感があるものの、表情は毅然としている。
「ふん。全てはサンジェルマヌスの差し金であろう」
サンサルスも骸骨のように痩せ細った老人の顔のまま、静かに頭を振った。
「いえ。色々ご教示いただきましたが、先程の推理はわたしの考えたことです。また、これからご提案することもそうです」
「ほう。妖精族の宗教家が、余に説教するつもりか?」
「いえ、決してそのようなつもりではございません。やり方に賛成はできませぬが、アルゴドラスさまもわたしも、目指すところは同じです」
「目指すところ?」
「はい。千年の長きに亘った戦乱の終息です」
アルゴドラスは嘲笑った。
おまえ如きに、余の何がわかるか!
ダフィニア島が海中に没した後、どれ程の思いで中原を統一したのか、その苦労がわかるはずもないわ。
無論、聖剣の力があればこそだがな。
ともかく、余は理想の世界を創ったつもりであった。
そのままあの時代で一生を終えていれば、良かったのだ。
しかし、余は未来を見てしまった。
自分が造り上げた宝石のようなバロードが砕け散り、泥沼のような戦乱の世に変わるのを。
余は、自分の手で救いたかったのだ。
たとえ自分の手が汚れてもよいと、かなり非道なことも平気でやったさ。
尤も、それが魔剣の影響だと気づいたのは、ずっと後のことだ。
当初は、聖剣の完璧な複製と信じていたからな。
だが、もう後戻りはできぬ。
余はこのやり方で中原を統一し、戦乱を終わらせるつもりだ。
誰にも止めさせはせぬ。
それが自分の孫であろうが、或いは、息子であろうがな!
今や、アルゴドラスの目は狂気にも似た妄執に燃えていた。
目の前でそれを見ているウルスラは恐怖で凍りついている。
勿論ツイムや、ヨルムでさえも。
ただサンサルスだけが、平静な声で話を続けた。
「お気持ちはわかりました。それはそれとして、今回の和平の方は如何されますか?」
アルゴドラスはギロリとサンサルスを睨んだ。
「余の弱みを握ったと思っておるなら、大間違いだぞ」
サンサルスはフッと笑みを浮かべた。
「とんでもないことでございます。わたしの推理に何の根拠もありはしません。それよりも、目前のことを考えましょう。そちらも色々とご都合がおありでしょうから」
サンサルスは視線だけで、壁に激突死したチャダイ将軍を示した。
アルゴドラスは苦笑している。
「ふん。余としたことが激情に駆られて早まったことをしたわい。せっかくガルマニア帝国を手懐けたものを、振り出しに戻してしまった。しかし、まあ、却って良かったかもしれぬ。中原二分割案は、あくまでも息子カルスの考え。ガルマニアなど、潰した方が良いのだ」
冷酷無比なアルゴドラスの言い方に、目の前に座っているウルスラはすっかり萎縮してしまっている。
サンサルスは演台に上がり、「大丈夫ですか?」と言いながら、そっとウルスラの肩に手を置いた。
細かく震えていたウルスラの肩がゆっくりと止まり、フーッと息を吐くと、「大丈夫です」と答えて、真っ直ぐにアルゴドラスを見た。
「ドーラさま、いえ、アルゴドラスさま。先程の父上のご裁断ですが、わたし自身の王位継承権の剥奪と国外追放は構いません。庶兄のニノフも同じ気持ちだと思います。ただ、兵士たちに罪はありません。お願いですから、解放してあげてください」
必死の思いでそれだけ言うと、ウルスラは再びポロポロと涙を零した。
アルゴドラスは鼻で笑った。
「そうはいかぬ。本音を言えば、おまえたち孫のことは、どちらでもいいと思っておる。だが、一万五千の兵は、これからの中原制覇には不可欠なのだ。どうしても嫌だと言うなら」
アルゴドラスの身体から、メラッと殺気が湧き上がった。
「いけねえ!」
また飛び出そうと席を立ったツイムよりも速く、ヨルムの姿がフッと消えた。
ヌタリというような、奇妙な音が響く。
と、アルゴドラスとサンサルスの間に、人間の何倍もある大蛇が現れたのである。
大蛇は大きく口を開け、アルゴドラスを威嚇した。
だが、アルゴドラスは薄く笑みすら浮かべている。
「やはり妖蛇族か。面白い。やれるものなら、やってみるがいい!」




