287 和平会談(5)
和平会談の冒頭、バロードと『自由都市同盟』の共存共栄を訴えるウルスラに対し、ドーラはカルス聖王の決めたこととして、庶兄のニノフと共に王位継承権の剥奪と国外追放を申し渡した。
ところが、調停役のサンサルスは、ドーラに奇妙な質問をした。
抑々、ドーラ程の強い味方がいたにも拘らず、何故カルボン卿の謀叛は成功したのか、というのである。
聞かれたドーラの顔は、面のように無表情になった。
「どういう意味か、さっぱりわからんのう」
抑揚のない声で恍けたように言うドーラに、サンサルスは軽く微笑んでから、落ち着いた声で喋り始めた。
わたしは部外者なので、バロードの内情など詳しくは知りません。
それでも、カルス陛下のことは、聊か耳にしております。
魔道師の都エイサにいらっしゃる頃のカルスさまは、ご兄弟が相次いで亡くなってバローニャ公を継承されるまで、非常に孤独で質素な生活を送られていたそうです。
これはまあ、今にして思えば、両性族であることを知られたくなかったからでしょうね。
ともかく、周囲の誰も注目していなかったカルスさまは、バローニャ公になられてから頻繁に、当時は自由都市であったバロンを訪問されるようになります。
そして、まだ何の実体もない内に、バロード王に即位される旨を宣言され、バロンを中心に旧バロード領を次々と回復し、新バロード王国を建国されました。
その間、当然多少の戦もあったのでしょうが、然程の流血もなく、あれよあれよと王国を打ち建てられたのです、まるで魔法のように。
ところが、そこから停滞が始まります。
善政を布き、名君と讃えられながらも、領土の拡大はピタリと止まってしまったのです。
即位後に娶られたお美しい王妃、ウィナさまがそうすることを望まれたそうです。
また、お二人の間に生まれられたウルス王子との三人の生活に、カルスさまもとても満足されていたと聞いております。
さあ、そんな時です。
突如、宮宰のカルボン卿が謀叛を起こし、あろうことか将軍たちも大半がカルボン側について、当時の王宮を襲撃しました。
平和主義者の王妃ウィナさまは真っ先に殺されましたが、カルスさまは変身して窮地を逃れ、北方に身を潜められたのです。
因みにウルス王子については、偶然が重なって助かったのだと思います。
北方に行かれたカルスさまは蛮族の帝王となり、復讐の鬼となってバロードに舞い戻り、力ずくで母国を征服し、穏やかだったお国柄を一変させ、強権的な独裁国家を樹立しました。
そして、再び周辺への領土拡大を始めたのです。
さてさて、これは如何にも不自然な話ではありませんか?
何者かが強引にカルスさまを建国に導いて、一気に中原を統一させることを目論見ながら、それを王妃によって妨げらたため、カルボンを使って亡き者にした、というのは、わたしの思い過ごしでしょうか?
サンサルスの話が聞こえているはずなのに全く表情を変えないドーラとは対照的に、ウルスラの瞳からは止め処なく涙が溢れている。
「酷い! 酷過ぎるわ、お祖母さま!」
と、会場の中から、乾いた笑い声が聞こえた。
笑っているのは、先程まで仏頂面をしていたチャダイであった。
「宰相閣下に命じられ、来たくもない田舎町に態々出向いて来たが、いやはや、こんなに面白い見世物が見られるとはな。これを報告すれば、さぞや宰相閣下もお喜びになられよう」
北叟笑みながら立ち上がったチャダイの身体に、ドーンと強烈な見えない波動がぶつかり、会場の端まで一気に吹き飛ばされた。
「ぐがっ!」
チャダイは鎧ごと壁面に激突し、両手を広げて磔にされたような状態で絶命していた。
そのままの姿勢で、ズルズルと床に落ちてくる。
勿論、波動を放ったのはドーラであった。
立ち上がって右の掌を突き出し、その手首を左手で支えているのだが、あまりの反動の強さに波動を打った本人の身体全体がビリビリと振動している。
ドーラはフーッと息を吐くと、驚愕して目を見開いているウルスラに、その掌を向けた。
「可哀想にのう。祖母を許せよ」
そう言いながらも、ドーラの目は冷たく澄んでいた。
ウルスラは息を呑んで、ドーラの掌を見つめているばかり。
「やめろ!」
ウルスラを助けるため自分の席から飛び出そうとするツイムを、横にいたヨルムが、物凄い力で腕を掴んで引き止めた。
すると、サンサルスが凛と声を張った。
「ドーラさま、およしなさい! そのような愚かなことをせずとも、秘密は守りましょう! このサンサルス、教主の名にかけてお約束いたします!」
ドーラは無表情なまま、ゆっくりとサンサルスに向きを変えた。
当然、掌も。
「ほう。秘密? 秘密とは何のことかのう」
激しい放出で多量の理気力を一気に失ったためか、ドーラの美しかった顔は無残に老け込んでいる。
それを見て取ったサンサルスも、この世のものとも思えぬ美しい顔を消し、骸骨のように痩せ細った老人の顔を見せ、ドーラに提案した。
「お互い老い先短い身の上、腹を割って話しませぬか、アルゴドラス聖王陛下?」




