284 和平会談(2)
ドーラとサンジェルマヌスの確執の理由を知っているのではないかとサンサルスに問われ、ウルスラは返事を躊躇っている。
そのこと自体が、知っていると言っているようなものだが、サンサルスは黙って答えを待った。
ウルスラは、チラチラと周りを見ている。
広間には、会場設営に携わる信徒たちが数名おり、ウルスラはそれが気になりながらも、気にすること自体が失礼に当たるのではないかと心配しているようだ。
それを察したサンサルスは「よろしければ、わたしの部屋に参りましょうか?」と声を掛けた。
ウルスラはホッとしたように「ええ、お願いします」と頼んだ。
案内しようと先に立つヨルムに、サンサルスは「わたしがお連れするから、おまえはここで設営の手助けをしてください」と告げた。
その対応から内密な話と判断したらしいヨルムは、「美的感覚の無いわたくしで、お役に立つのかわかりませんが」と笑った。
サンサルスも「大丈夫ですよ」とヨルムに微笑んでから、ウルスラに「さあ、参りましょう」と手を差し伸べた。
「はい。ありがとうございます」
歩き出しながらも、ウルスラは振り返ってヨルムに目で詫びている。
ヨルムは、気にしなくていいというように笑顔で小さく首を振った。
ウルスラの手を引いて、サンサルスは集会所の隣の建物に入った。
本来は集会所の管理人などが使う宿舎のようで、極めて質素な造りである。
その中の奥まった書斎に案内すると、サンサルスは「そこに腰掛けて待っていてくださいね」とウルスラに応接用の椅子を勧めた。
椅子の横には、ウルスラが両手で囲める程の小さな丸テーブルがある。
「あ、どうかお構いなく」
「わたしの喉が渇いただけです。気にしないで」
遠慮する間も与えず、サンサルスは一旦部屋を出ると、やがて湯気の立つカップを二つ持って戻って来た。
「山羊の乳を温めました。お口に合うと良いのですが」
「まあ、ありがとうございます」
喜んですぐにカップを手に取ろうとするウルスラに、「熱いから、気をつけて」と言いかけて、サンサルスは妙なことに気づいた。
カップから立ち昇る湯気が、少しも揺れていない。
「これは……」
同時にウルスラも異常に気づき、逆にハッとしたようにサンサルスの顔を見た。
「まあ、サンサルスさまも動いていらっしゃるのね」
ウルスラの言葉の意味がわかり、サンサルスは嬉しそうに笑った。
「はい。どうやら、わたしの質問に、直接ご本人がお答えくださるようですね」
先程まで無意識に聞こえていた細々した生活音も全く聞こえず、シーンと耳が痛くなるような静寂に包まれている。
と、微かな、コツ、コツという音がこちらに近づいて来た。
誰かが杖を突いて歩いているようだ。
やがて、部屋の扉をすり抜けて現れたのは、枯れ枝のように痩せ細った老人であった。
高齢のため髪も眉も真っ白だが、瞳は黒い。
その顔を目にした途端、いつも感情を露にすることのないサンサルスの目に涙が溢れた。
「お懐かしうございます、サンジェルマヌスさま!」
サンジェルマヌスは照れたように笑い、「うむ。何百年ぶりかのう」と呟くように言った。
サンサルスは珍しく拗ねたような顔をした。
「凡そ四百年ぶりでございますよ! 別れ際に、時々はお顔を見せると仰っていたのに!」
サンジェルマヌスは苦笑した。
「すまんすまん。おまえさんが道に迷うようなら口出ししようかと思っておったが、順調に教団を育てておったから、敢えて会わぬようにしたんじゃ。部外者であるわしの存在は、おまえさんの教主としての神秘的な魅力を損なうと思ってな」
サンサルスは顔を赤らめて詫びた。
「ああ、すみませぬ。いい年齢をして、駄々っ子のようなことを申し上げました」
年齢と聞いて、サンジェルマヌスはフーッと息を吐いた。
「そうか。おまえさんも、もう千歳になるのう」
サンサルスもスーッと冷静な表情になった。
「ええ。そして、サンジェルマヌスさまは三千歳でございますね」
「うむ。愈々そういう時期になったわい」
しんみりして黙ってしまった二人に、漸くウルスラが声を掛けた。
「お二人は、お知り合いだったのですね」
ウルスラの存在を忘れていたらしいサンサルスは、「おお、失礼しました!」と謝った。
「あまりの懐かしさに、自分の立場を失念しておりました。わたしが教団を創ったのは、サンジェルマヌスさまのご助言があったからこそ。謂わば、プシュケー教団の産みの親です」
「まあ、そうなんですね。それじゃあ、お祖母さまのことも、隠さずにお伝えすれば良かったわ。お祖母さまは、本当はドーラという名ではなく、アルゴドーラといいます。つまり、アルゴドラス聖王その人なのです」
「何ですと!」
思わず立ち上がったサンサルスに、サンジェルマヌスが掌をヒラヒラさせて、「まあ、落ち着くんじゃ」と宥めた。
「せっかく四百年ぶりに再会したんじゃ。ゆっくり話そうではないか。ところで、山羊の乳はまだあるかの? わしも喉がカラカラなんじゃよ」
そう言うと、サンジェルマヌスは声を上げて笑った。




