283 和平会談(1)
下世話に云えば、互いに啖呵を切りあったところで、ドーラは笑い出した。
「わが孫は朋友に好かれておるらしい。それとも、養子縁組を申し込んだとかいう噂は本当であったのかの?」
サンサルスは、元の穏やかな笑顔に戻って、ゆっくり首を振った。
「正しくは、教団の後継者になって欲しいと申し上げましたが、アッサリとフラれました。やはり、お国の行く末が心配だそうです」
ドーラは鼻に皺を寄せた。
「国を統治する難しさも知らぬ癖に。本番の会談では、甘い考えを窘めてやろう。その上で、心を入れ替えるようならよいが、今のような我儘放題を続けるなら、こちらにも考えがあるぞよ」
更に威しをかけるドーラに、サンサルスは取り合わず、「それは会談の場にてお話しください」と軽く往なした。
「ふん。まあ、よいわさ。そろそろ赤毛のデブのご機嫌をとってやらねばならん。一旦、あちらに戻るとするか」
半ば独り言のように呟くと、ドーラは「ウルスラに、楽しみに待っておれと伝えよ!」と告げ、その場で宙返りして灰色のコウモリとなって飛び去った。
呆気にとられていたヨルムが、「何だったのでしょう?」とサンサルスに尋ねた。
サンサルスも苦笑している。
「一つには、会場の状態を確認に来たのでしょう。サンジェルマヌスさまを怖れているようには見えませんでしたから、間違いなく潜時術のみを警戒しています。過去に痛い目に遭ったことがあるのでしょうね。そして、もう一つは、わたしの力量を見極めるためだと思いますよ」
ヨルムは顔を顰め、「失敬な!」と憤った。
だが、サンサルスは寧ろ嬉しそうに微笑んでいる。
「良いのです。それはこちらも同じこと。わたしの方も確かめました。聞きしに勝る理気力の強さですね。その点は、サンジェルマヌスさますら上回っています。両性族であることは確かでしょうが、あれ程の人物が生き残っていたとは、信じ難いことです。おまえに、一人でも一万の軍勢に匹敵すると豪語したそうですが、強ち虚言ではないようですね」
ヨルムは、少し不安そうな顔になった。
「如何しましょう?」
サンサルスは両方の眉を上げ、珍しくお道化て見せた。
「別に何もしません。会談の主役はわたしではありませんからね」
ウルスとツイムは、翌日到着した。
出迎えたのはヨルムである。
笑顔で「ようこそダナムへ!」と呼びかけ、馬の轡をとった。
「お疲れになったでしょう。一先ず旅籠屋でお休みになられますか?」
馬上でツイムの前に乗せられているウルスは、ホッとしたように「うん」と言いかけたが、顔が上下して瞳の色が変わった。
「いいえ。わたしだけ、先にサンサルスさまにご挨拶します。ツイムと馬は旅籠にご案内お願いしますわ」
すると、後ろのツイムがククッと笑った。
「おれは馬と同じ扱いですか?」
「あら、疲れた疲れたって、さっきまで言ってたじゃない」
「冗談ですよ。それより、殿下こそお疲れでしょう?」
「わたしは大丈夫よ」
ツイムは「でも王子は」と言いかけて止めた。
「わかりました。では、ヨルムどの。旅籠の場所はだいたい見当がつくので、王女の方をお願いします」
二人のやり取りを興味深そうに見ていたヨルムは、「畏まりました」と言って、ウルスラが馬から下りるのを手伝った。
サンサルスは、会場となる集会所の広間にいるという。
案内されて行ってみると、サンサルスは自ら会場の設営に指示を与えていた。
「おお、これは王女殿下、お久しぶりにございます」
恭しくお辞儀をするサンサルスに、ウルスラはパッと駆け寄って、幼な子のように抱きついた。
「ありがとうございます、サンサルスさま! お陰でサイカを救うことができました!」
サンサルスは戸惑いと感動で、言葉を忘れたように呆然としていたが、ゆっくりとウルスラを抱きしめた。
「とんでもないことです。サイカを救ったのは、王女の人望とお仲間の活躍によるものと聞いておりますよ」
ウルスラは、ポロポロと涙を零しながら、首を振った。
「わたしなど、殆ど役に立っておりませんわ。プシュケー教団の方々が来てくださらなかったら、後どれだけの血が流れたことか」
小さく震えるウルスラの肩を優しく撫でながら、サンサルスは励ましの言葉をかけた。
「あれ程多くの兄弟姉妹が駆け付けたのは、ウルスラさまだからこそです。昨日来られたあなたのお祖母さまは、自分一人で一万の軍と同じ力があると仰ったそうですが、あなたは一人で四万人を動かしたのです。決して、卑下することはありませんよ」
ウルスラは驚いたように顔を上げた。
もう、涙も止まっている。
「えっ、お祖母さまが来られたのですか?」
「はい。会場の下見、というところでしょうか。なるべく広いところで、窓を開けたままにせよとのご指示でしたから、それを確認しに来られたようです」
「どういうことでしょう?」
「潜時術が使えぬように、ということです。どうも、何かサンジェルマヌスさまと確執があったようですね。王女は、何かご存知ではありませんか?」




