281 失われた種族(5)
(作者註)
今回も、現代と過去です。
過去の部分(回想シーン)だけ、活字の色を変えるとか、した方がいいのでしょうか(^^;;
「アルゴドラス聖王は善政を布いたと云われておりますが?」
驚いて聞き返すヨルムに、サンサルスは笑顔で頷いた。
「わたしもそう聞いていますよ。征服戦争自体は些か性急なものだったようですが、統一後は民政に力を注ぎ、租税は軽くし、産業を振興させ、中原全体の文明化に寄与したそうです」
「それが何故悲劇なのでしょう?」
サンサルスは苦笑した。
「勿論それは悲劇ではありませんよ。悲劇そのものは、アルゴドラス聖王が亡くなって数百年後ぐらいから、徐々に始まりました。でも、その原因はアルゴドラス聖王自身が作ったのです……」
五百年前の古びた書店で、現在のヨルムと同じ疑問を呈したサンサルスに、サンジェルマヌスがその理由を説明したのであった。
問題なのは、どうしてそんなに短期間で中原統一が果たせたのか、ということじゃ。
アルゴドラス自身の力も、無論ある。
男性形の時の戦略、女性形の時の魔道、共に常人の追随を許さない水準であった。
しかし、決定的だったのは、所謂『聖剣』の力じゃよ。
現代では『アルゴドラスの聖剣』として知られておるが、これは元々、失われた十種族の一つである主知族のものであった。
尤も、ノシス族が作ったという訳ではなく、遥かな昔、かれらの信仰する魔道神から授かったものだと云われておる。
信仰の対象であるが故に、崇めるだけで、自分たちで利用することはなかったようじゃ。
どうやってアルゴドラスが聖剣を奪ったのかは知らん。
わしが知っておるのは、それが真に無敵の力を持っている、ということだ。
ノシス族の言葉では『干渉機』と呼ばれるらしいが、時間と空間、それに人間の心理に干渉する力がある。
これさえあれば、当時はまだ原始的な生活をしていた中原の統一など、然程の難事でもなかったであろう。
ところが、聖剣は文字どおりの諸刃の剣であった。
アルゴドラス自身がやって見せたように、聖剣さえ奪い取れば、誰でも同じことができるのだ。
中原統一以来、常にアルゴドラスは不安に苛まれることとなった。
悩んだ末、アルゴドラスは聖剣に錠を掛けた。
自分と自分の子孫だけが操作できるようにしたのだ。
それで安心したのか、それから間もなくして、あやつは死んだ。
じゃが、あやつの失敗は二つある、とわしは思う。
一つは、あまりにも王に権力を集中させ、組織的に国家を統治する仕組みを作らなかったこと。
驚くべきことに、主に王家の家政を取り仕切るのが役目の宮宰以外に、官僚らしい官僚がいなかったのだ。
聖剣を奪われることを懼れるあまり、他人を信用できなくなっていたのじゃろう。
これでは、有能な臣下は育たん。
そして、もう一つが、子孫が代を重ねるごとに、あやつの血が薄まってしまうということ。
つまり、聖剣を操作する能力が弱まっていくのじゃ。
結果として、代々王が力を失って行き、それを補佐すべき組織もないとなれば、国内は四分五裂となり、やがて群雄割拠する戦乱の世となるのは目に見えておる。
しかも、一度文明化された中原での争いは、かつての原始的な部族間の戦いの比ではない悲劇を齎す。
そして、実際そうなったのじゃ。
最後の聖王ボルスは戦乱を鎮める役割を放棄し、聖王の座を自ら降りてバロン大公となった。
それでも迫って来る身の危険を避けるため、何もかも捨てて魔道師の都エイサに逃げ込み、バローニャ公として細々と命脈を保つこととなった。
その際、最早宝の持ち腐れとなっていた聖剣は、エイサの魔道師たちに託されたのじゃ。
聖王家が滅びて早や五百年。
戦乱はいつ果てるとも知れぬ。
この後、何百年、いや、何千年も続く可能性すらある。
その全てがあやつのせいだとは言わぬ。
じゃが、わしら十種族が渡って来なければ、或いは、もっと自然な形で中原は統一されたのではあるまいか。
人間自身の手によってな。
しかし、繰り言をいっても始まらぬ。
自然な状態を壊してしまった以上、これを放って置いても元には戻らぬ。
誰かが人間たちを後押しして、戦乱の世を終わらせねばならん。
その役目は、あやつと同じ、失われた種族であるわしらが果たすべきじゃと思う。
どうじゃ、サンサルスよ。
高貴な義務を、引き受けてはもらえぬか?
サンジェルマヌスに問い掛けられたサンサルスは、すぐには答えず、反問した。
「お話の趣旨は理解しました。わたしとて、現在の中原の有様に胸が痛まぬ訳ではございません。しかし、何故わたしなのですか? 成程わたしも失われた種族の一人かもしれませんが、それも、今知ったばかりです。もしかして、わたしの種族がダフィニア島の代表であったのですか?」
「いや、十種族の間は平等であったよ」
「では、何故?」
反問されて、サンジェルマヌスは寧ろ嬉しそうな顔になっている。
「理由は幾つもあるさ。まず、妖精族は人間に好かれているということ。逆に、アールヴ族も人間を好いているということ。平和の回復は、人間が主役でなければ意味がないからのう。しかし、最大の理由は、アールヴ族が信仰を持っているということじゃよ」
サンサルスは意外な答えに驚きの声を上げた。
「えっ、プシュケーの教えのことですか?」




