280 失われた種族(4)
(作者註)
また、現代と過去を行き来します。
「お代わりをお入れします」
空になったカップに、ポットを持ち上げて薬草茶を注ごうとするヨルムを、しかし、サンサルスは掌を軽く上げて止めた。
「もう充分です。飲み過ぎると夜眠れなくなって困りますから」
「失礼いたしました」
ポットを置くヨルムを微笑みながら見ていたサンサルスは、ふと思いついたように尋ねた。
「おまえがわたしのところに来て、何年になりましたか?」
ヨルムは少し考えて、「凡そ三百年、くらいでしょうか」と答えた。
「おお、もうそんなに経ちましたか」
ヨルムは遠くを見るような目をしている。
「はい。アッという間だったような気もしますが」
「本当に」
サンサルスは、何か思い出したようにククッと小さく笑った。
ヨルムはサンサルスが何を思い出したのかわかったらしく、少し頬を赤くして詫びた。
「あの時は、本当にすみませんでした」
「いえいえ、良いのです。わたしは、おまえに食べられても仕方がないと覚悟してあの洞窟に行ったのですから。結果として、このように忠実な幹部を持つことができ、幸運でした」
ヨルムは真っ赤になって、頭を下げた。
「畏れ入ります」
「そんなに恥ずかしがることはありません。わたしとて、同じようなものです。サンジェルマヌスさまのお話を聞いて初めて、無駄に過ごした五百年を悔いたのですから……」
五百年前の古びた書店で、中原を救って欲しいとのサンジェルマヌスの願いを、サンサルスはあっさりと断った。
そうなるであろうと見越していたらしいサンジェルマヌスは、更に昔の話を聞かせたのである。
さて、わしはおまえさんも同じ失われた種族じゃと言った。
その意味を説明して置こう。
わしらの今おる沿海諸国を南側の縁とする大地は、東西南北を大海に囲まれておる。
東の果てには、マオール人の帝国があり、その先は東の大海がある。
西の果てには、辺境伯領の向こうにも無人の辺境が続き、その先は西の大海がある。
南の果てには、わしらには馴染み深い、南の大海がある。
北の果てには、ベルギス大山脈の向こうに永遠に凍りついた北の大海がある。
この四方を大海に囲まれた大地、即ち、バルバラ大陸には、太古から人が住んでおった。
まあ、今のわしらから見れば、原始的な生活をしていたと思う。
言うなれば、蛮族の世界が、中原も辺境も沿海諸国もマオールも覆いつくしておったようなものさ。
尤も、超古代の中原には独自の文明があったとの伝説もあるが、それは今は措く。
さて、大きさではバルバラ大陸には遠く及ばないが、南の大海には大きな島があった。
ダフィニア島じゃ。
ダフィニア島にも人が住んでおったが、遥かに文明度が高く、しかも、普通の人間にはない、様々な能力を持っていた。
今で言う、失われた十種族じゃ。
普通の人間がダフィニア島に移り住んでそうなったのか、或いは、そもそも別の原種を持つのか、そこはわしにもわからん。
ともかく、ダフィニア島は気候も温暖で土地も肥沃、周辺の海には豊かな漁場もあって、大いに繁栄しておった。
十種族の間には多少のイザコザはあったものの、概ね平和に暮らしておったよ。
しかし、悲劇は一夜にして訪れた。
今から約千六百年前、突如島全体が、海中に没してしまったのじゃ。
或る者は、驕り高ぶった十種族に神の怒りが下ったのだと言い、また或る者は、十種族の誰かが禁断の実験を行って島を破壊したのだと言った。
真相は、今もわからん。
とにかく、僅かに生き残った者たちは対岸のバルバラ大陸に渡った。
そこでわしらは選択を迫られたのだ。
各種族ごとに固まって暮らすのか、普通の人間に混じって暮らすのか、或いは、いっそ普通の人間を征服してしまうのか、とな。
わしら長命族は、辿り着いたばかりのこの地に固まって住むことを選び、ダフィネという国を創った。
しかし、これは十種族全てに言えることだが、出生率が低いため徐々に純血種の人口が減り、国を維持するために普通の人間が大勢流入するようになって混血が増えた。
当然、混血が進む程寿命は短くなる。
今や、ダフィネに住む純粋なメトス族は数えるくらいしかおらん。
普通の人間の大海に浮かぶ泡沫のような状態じゃ。
最初に言ったように、身の危険を感じたわしは、定期的に住む場所を変え、沿海諸国から中原へ、中原から辺境へ、辺境から再び沿海諸国へと転々と移動しておる。
まあ、わしのことはええじゃろ。
おまえさんたち妖精族は固まることはせず、すぐに人間の世界に溶け込んだ。
おまえさんのご両親が共にアールヴ族というのは、珍しい例じゃと思う。
他の種族は、概ねその中間くらいの方法で生き残りを図った。
即ち、ある程度固まった集落を各地に作るとか、人里離れた山に隠れ住むるとか、辺境や更に北方に移住するとか、地下に潜って生活するとかしてのう。
ところが、最後の選択肢、つまり、普通の人間を征服することを選んだ種族がおったのだ。
それは、十種族の中でも最も少数派であった両性族じゃ。
族長のアルゴドラスは中原を制覇すべく、自らの王朝を建てた。
アルゴドラスは聖王と崇められ、あやつの創ったバロード聖王国は瞬く間に中原を統一し、全ては上手く行くかと思われた。
じゃが、それが悲劇の始まりじゃった。




