279 失われた種族(3)
(作者註)
一旦、現在に戻り、また過去へ。
面倒で、すみません。
思ったよりサンサルスの話が長くなったため広間の椅子を勧め、自分も向かい合わせに座っていたヨルムが、驚いて立ち上がった。
「サンジェルマヌス伯に決して口外しないと約束されたことを、わたくしにお話しになってよろしかったのですか?」
サンサルスは、またホホホと声を上げて笑った。
「これはうっかりしました。でも、いいでしょう。もう五百年も経ちましたし、おまえならサンジェルマヌスさまも許してくださいますよ」
「そうでしょうか?」
不安そうに聞くヨルムに、サンサルスは優しく微笑みかけた。
「ええ。おまえも確かに失われた種族なのですから」
ヨルムは何と応えていいのか迷うような顔をしていたが、「喉が渇かれたでしょう。薬草茶をご用意いたします」と、その場を離れた。
やがて、サンサルス用にティーカップを一つだけ持って来た。
カップに注がれるハーブティーを嬉しそうに見つめるサンサルスは、ヨルムにも飲むようには勧めなかった。
それが意地悪や無関心ではない証拠に、ハーブティーの匂いが苦手らしいヨルムは顔を顰めている。
一口飲んだサンサルスが「ふーっ、生き返りますね」と満足した様子を見て、漸くヨルムも少し笑顔になって、体調を尋ねた。
「お疲れではございませんか?」
「大丈夫ですよ。寧ろ、いつもより気分がいいくらいです。さてさて、どこまでお話ししたでしょうかねえ。おお、そうでした……」
五百年前の古びた書店で、サンジェルマヌスに潜時術を見せられたサンサルスは、同時にその弱点も教えられた。
「この業は、上下左右を囲まれた場所でしか使えないんじゃ。まあ、それはそうじゃろ。もし、開けた場所でもできるなら、原理的にはわし一人でどんな大軍でも倒せることになってしまう。まあ、とんでもなく時間はかかるだろうが、幸いわしは三千年の寿命があるからの。そうなったら本当に無敵じゃが、世の中そうはいかんわい」
サンサルスは、呆れたように首を振った。
「今でも充分無敵だと思いますよ」
サンジェルマヌスは苦笑した。
「そんなことはない。今、世の中と言ったが、言い換えれば『人の世』ということじゃ。わしらが如何に長生きしようが、どれ程強い理気力を持っていようが、ここは普通の人間の世界なのじゃ。わしらは圧倒的に少数派なんじゃよ」
サンサルスは、やや不満げに問い返した。
「何故なのでしょう? 人間がそれ程優れているとも思えませぬが」
サンジェルマヌスは、少し寂しそうに笑った。
「わかっておるさ。人間全体はともかく、良い人間も悪い人間もそれぞれおる。じゃが、それはわしらとて同じこと。己の野望のため中原を征服した者もおるしな」
「それは……」
サンサルスの驚いた顔を見て、サンジェルマヌスは照れたように謝った。
「ああ、すまん。それは、ちと言い過ぎじゃな。今の中原の状況は、あやつ一人のせいではないさ。わしが言いたかったのは、人間にしろ、長命族にしろ、おまえさんのような妖精族にしろ、あやつのような両性族にしろ、生命の大切さに変わりはない、ということさ。わしとて寿命が尽きれば、人間同様に死ぬ。その意味では、平等なのじゃ」
「そうでしょうか?」
猶も納得できない様子のサンサルスに、サンジェルマヌスは慈しむような優しい目を向けた。
「おまえさんも、随分酷い目に遭ったようじゃな」
「わたしも、とは?」
「ああ、そうじゃ。わしも何度も殺されかけた。メトス族の生き血を飲めば、同じように長生きできるという迷信があってな。無論、全くの虚偽じゃ。まあ、それでこのように人間のフリをして生活することにしたんじゃよ」
サンサルスは、自分の経験を重ね合わせたらしく、怒ったように問い掛けた。
「それで良いのですか?」
サンジェルマヌスは柔らかな表情で、答えた。
「さっきも言ったであろう。悪い人間ばかりではない。いや、大多数は良い人間さ。それに、悪い人間と言ったところで、生まれてから死ぬまでずっと悪い訳ではない。何かの切っ掛けで悪くなったのであろうし、いつか改心して良い人間になるかもしれん。それは、わしらとて同じことよ。おまえさんは今、良くも悪くもなく、世捨て人のように暮らしておるのじゃろうが、これからどうなっていくのか、わしにも、おまえさん自身にもわからんじゃろう?」
サンサルスは、困ったような顔になった。
「それは、そうですが」
サンジェルマヌスは、フッと笑った。
「おまえさんを責めるつもりではない。さっき生命の重さに違いはないと言ったが、それはそれとして、わしらには長寿や神通力など、普通の人間にはないものがあることも事実じゃ。わしもそれを活かすことを考えたが、如何せん、人に好かれぬ。その点、おまえさんは違う。どうじゃ、中原を救ってくれぬか?」
サンサルスの返事は明快であった。
「お断りします」
それを予期していたように、サンジェルマヌスは悪戯小僧めいた笑みを浮かべた。
「じゃろうな。で、あれば尚のこと、わしらが何故失われた種族となったのか、話さねばならんのう」




