278 失われた種族(2)
(作者註)
前回からの続きですが、舞台を過去に移しています。
凡そ五百年前、中原の争乱に巻き込まれることを懼れたサンサルスは、沿海諸国の小国ダフィネに逃れた。
そこで見つけた古びた書店で、枯れ枝のように痩せ細った老店主に招じ入れられたのである。
「失われた種族?」
サンサルスに聞き返されて、老店主は「ほう、知らんのか」と驚いた。
「じゃが、おまえさんはどう見ても妖精族のようだが」
老店主の視線は、サンサルスの長くサラサラした銀髪から出ている先が少し尖った耳を見ている。
サンサルスは自嘲気味に笑った。
「ええ。そういう種族であることは、両親から教わりました。但し、両親はわたしが幼い頃相次いで亡くなり、その後、同じ種族に出会うこともなく、肝心なことは何も知らぬままでございます」
「おお、そうか。ならば猶のことじゃ。時間があるなら、少し話をしようではないか」
「時間はございます。五百年程ですが」
無論、サンサルスは冗談を言ったのだが、老店主は当たり前の言葉を聞いたように、「そうか。では、一緒に薬草茶でも飲もう」と店内に導いた。
サンサルスが勧められるまま薄暗い店内に入ると、老店主はランプを灯してくれた。
見窄らしい店構えの割には、書架に並べられた本は充実していた。
魔道書の基本である『理気学入門』『識不識論』『波動形而上学』などを始め、あまり一般的とは言えない『呪詛力学』『大魔道師列伝』などまで置いてある。
興味深そうに本を眺めるサンサルスに、老店主は「好きな本があれば、持って帰るがいい。記念に一冊進呈しよう」と笑った。
サンサルスも笑顔で「では、遠慮なく」と断り、『大魔道師列伝』を手に取った。
老店主は「ほう」と言ったきり、それ以上本のことには触れず、「そこに座っていてくれ」と、小さな円卓に添えられた木の椅子を指した。
サンサルスが座って本をパラパラと捲っているところへ、ティーカップを二つ持った老店主が戻って来た。
その足取りは意外に確りしている。
サンサルスは笑って「杖はいらないのですか?」と尋ねた。
老店主も苦笑した。
「忘れておったわい。まあ、半ばは演技じゃからな」
「演技?」
「うむ。百歳を超えているはずの老人が、あまり矍鑠と歩き回っては怪しまれるじゃろう?」
「ああ、百歳を超えていらっしゃるのですね」
老店主は、悪戯っぽく片目を瞑って見せた。
「実は、もう二千五百歳じゃよ」
さすがにサンサルスは驚いて「そんな馬鹿な!」と声を上げ、すぐに詫びた。
「すみません。つい、失礼なことを申し上げました」
老店主は笑って手を振った。
「いいんじゃよ。そう言うおまえさんも、百は超えておるんじゃろう?」
「はい。五百年程生きております」
「それで、後五百年ということじゃな。さっき、おまえさんがそう言った時、ああ、余命は同じくらいじゃな、と思うたよ」
「そうなのですね。わたしは両親から、わたしたちの種族は凡そ千年の寿命だから大切に生きよ、と教えられたのみで、それ以上の種族がいることすら知りませんでした」
「成程のう。おまえさんたちアールヴ族は見た目も人間と違う故、隠しようもない。また、隠す必要もない程美しく、人間に好かれる性質も持ち合わせておる。様々な神通力を持つとされるアールヴ族じゃが、人間と上手くやっていける、というのが最大の能力かもしれん。ところが、わしら長命族は、全く人間と変わらぬ姿をしておるのに、性格が捻くれておる。余計な摩擦を起こさぬためには、人間のフリをするしかないのじゃ。ところが、あまり一つ処に長くいると怪しまれるから、転々と居場所を変えねばならん。この場所に店を構えるのは、実はもう三回目なんじゃが、またそろそろ潮時じゃな」
老店主の話が途切れたところで、サンサルスは改めて挨拶を交わした。
「申し遅れました。わたしはサンサルスという者です」
「おお、良い名じゃな。わしはサンジェルマヌスという」
サンサルスは驚いて、自分が手にしている本に目を落とし、内容を確認すると、もう一度相手を見た。
「大魔道師サンジェルマヌス伯爵閣下であられましたか!」
サンジェルマヌスは鼻に皺を寄せた。
「わしは、自らそう名乗ったことなど一度もない。人間どもが勝手にそう呼んでおるだけじゃ。魔道と云っても、大技は潜時術くらいさ」
「潜時術?」
「うむ。そうじゃな。口で説明するより、自分の目で確かめる方がいいじゃろ」
サンジェルマヌスは、指をパチンと鳴らした。
「さあ、サンサルスよ。その書架の先に鳥籠がある。覗いて見るがよい」
サンサルスは首を傾げながら席を立ち、丸い鳥籠のあるところへ行ってみた。
鳥籠の大きさは両腕で円を作ったくらいで然程大きなものではないが、細い金色の針金を綺麗に編んだもので、勿論純金ではないだろうが、かなり高価なもののようである。
サンサルスは思わず、「ほう、大したものですね」と感嘆の声を上げた。
サンジェルマヌスは苦笑して、「そんなことより中をよく見るんじゃ」と催促した。
「ああ、そうでした」
改めて、サンサルスは籠の中を見た。
そこには、極彩色の美しい小鳥が羽根を広げていた。
最初、サンサルスは剥製なのかと思ったが、ぐるりと回って見てもどこにも接していない。
恰も飛んでいるかのような状態で、空中に浮いているのだ。
「こ、これは、まるで時が止まっているようですね」
サンジェルマヌスはゆっくり首を振った。
「そうではない。わしらの方が時の狭間に潜っているのじゃ。さて、今から元に戻ると、因果を乱さぬためにおまえさんの記憶が消えてしまう。それではまた説明に困るから、外法ではあるが、今回だけ記憶を残す。但し、口外無用じゃぞ」
「ああ、それは無論です」
サンサルスが頷いた瞬間、パタパタと羽ばたきが聞こえ、鳥籠の中の小鳥が飛んでいるのが見えた。




