271 赤髭将軍
美女軍団にチヤホヤされて妙に自信をつけ、扱い難くなってしまった新皇帝ゲルカッツェに、宰相チャドスは怪しげな嗜好品を勧めていた。
邪魔が入らぬよう、予め、外交上の相談があるとゲルカッツェを密談用の小部屋に呼び出し、美女軍団を含めて完全に人払いをするよう部下たちに命じた。
二人きりになると、阿芙蓉というものを取り出し、管の先にそれを詰めて火を点け、煙を吸うのだと教えたのである。
拒絶するゲルカッツェに、一度だけでいいから試すようにと、チャドスが説得しているところへ、部屋の外で「お止めなさい」と声がした。
チャドスは、疚しさからか必要以上に大きな声で、「曲者じゃぞ! 何をしておる!」と部下たちを叱責した。
すると、外の声の主は「わがはいを曲者呼ばわりは、ちと酷かろう、チャドス閣下」と、冷静に反論する。
その声が誰のものか思い当たったのは、ゲルカッツェの方が早かった。
「ツァラト将軍!」
「如何にも。只今遠征より帰参仕りました、ゲルカッツェ殿下、あ、いや、皇帝陛下になられたのでしたな」
チャドスが何か言うより先に、ゲルカッツェが「えーと。あ、ご苦労、入って来てよいぞ!」と許可した。
「おお、では失礼いたす」
扉を開けて入って来たのは、見上げるような体格の、年配の男であった。
髪は燃えるように赤く波打ち、顔の下半分を覆う髭も真っ赤な色をしている。
生粋のガルマニア人であろう。
男は片膝をついて頭を下げ、利き腕を後ろに廻して、ゲルカッツェに臣下の礼をとった。
「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ上げ奉りまする!」
ゲルカッツェは、誇らしさに小鼻を膨らませた。
「ああ、うん。遠征、何だっけ、そうか、大儀であった。報告は明日でいいよ、いや、よいぞ。ゆっくり休むといい。休むがよい、かな」
「有難き幸せ! また、即位の儀に参加できませなんだこと、衷心よりお詫び申し上げまする!」
堅苦しい挨拶に疲れたのか、ゲルカッツェは「いいんだ、そんなこと」と軽く流した。
それを待っていたように、黙っていたチャドスが皮肉たっぷりに告げた。
「戦争にばかり行っていると、礼儀というものを忘れるらしい。わしは皇帝陛下と内密な話がある故、誰も近づくなと命じてあったはず。それをズカズカと入り込み、剰え立ち聞きするとは言語道断。いかに武辺の誉れ高きツァラト将軍といえど、許されることではありませんぞ」
ツァラト将軍は、態とらしく驚いて見せた。
「ほう。内密な話とは、閣下の手にしておられる麻薬を、陛下にお勧めすることも含めて、ということですかな?」
チャドスの顔色が変わった。
「ば、馬鹿なことを申すな! 阿芙蓉は麻薬などではないわ!」
ツァラトは惚けたように「冗談でござるよ」と笑ったが、その目は少しも笑っていない。
改めて、ゲルカッツェを直視した。
「さて、お邪魔したついでと言っては何ですが、陛下に苦言を呈してもよろしいか?」
ゲルカッツェは、チラッとチャドスに助けを求めるように目を泳がせたが、外方を向いているため、気弱げに頷いた。
ツァラトは、そんなゲルカッツェを憐れむように見ていたが、意を決して話し始めた。
わがはいは、今は亡きゲール皇帝のご信任を受け、常に前線で戦って参った者です。
雪のそぼ降る山岳地帯から、馬も進めぬ大湿原まで連戦し、負けたことなどございません。
皇帝がブロシウスの謀叛に遭われた際にも、目前の敵と交戦中にて、どうすることもできず、後悔に臍を噛みました。
が、陛下は、あ、いや、敢えてゲールさまと呼ばせていただきましょう。
共にガルムの森を駆け回っていた昔はそうでしたからな。
ゲールさまは、固より死は覚悟の上と常々仰られておりました。
願われることは唯一つ、中原全土への布武のみ。
かつては森の野人と蔑まれ、日々の生活も儘ならなかったわれらにとって、それは見果てぬ夢にございまする。
然るに今、帝国の現状や如何に。
これでは、ゲールさまも浮かばれませぬ。
ゲルカッツェ陛下、何卒父君の遺志を受け継がれ、共に戦いましょうぞ!
ツァラト将軍の熱弁は、単純なゲルカッツェの心にも火を点けたらしく、顔を紅潮させて叫んだ。
「うん、ぼくもやるよ! 共に戦おう!」
これにはチャドスが慌て、「お待ちくだされ!」と割って入ろうとする。
ここで水を差されてはなるまいと、ツァラトは強引にゲルカッツェの手を引いて、室外に連れ出した。
そのままであったなら、或いはゲルカッツェは立ち直り、名君となったかもしれないが、部屋を出たところで、バッタリと出会ってしまったのである。
役人に連れられた若い舞姫の姿をした、ドーラに。
その姿を一目見るなり、ゲルカッツェは完全に固まってしまった。
「き、きみの名は?」
ドーラは嫣然と微笑んで答えた。
「旅の舞姫をいたす者にて、名乗る程の名ではありませぬが、ドランとお呼びください」
「おお、良い名だ。今日からぼくの側にいてくれ」
「喜んで、と申し上げたきところですが、色々と事情がございまして」
「いやだ、いやだよ! 頼むから!」
その場に跪きそうなゲルカッツェの様子に、ツァラトは呆れたように手を放した。
その横では、チャドスがニヤニヤと笑っている。




