265 終わりと始まり(5)
遅れ馳せながらサイカに到着したばかりの『荒野の兄弟』の首領ルキッフに、初対面のツイムは、いきなり眼帯を外してくれと頼んだのであった。
さすがにルキッフも怒り出すかと、ゾイアは横目で顔色を窺ったが、半笑いのような微妙な表情をしている。
その視線は、ツイムばかりを見ていた。
「兄ちゃんは見たところ南方の出身のようだが、生まれはどこだい?」
「ああ、これは申し遅れた。おれはツイム。生まれはカリオテだ」
「ほう。カリオテねえ。名前はツイムか。兄弟はいるかい?」
「ああ、兄がいる。カリオテ海軍の巡洋艇『南風号』の艇長をしてる。いや、もう提督になったはずだ。名はファイムという」
ルキッフは、特に興味がなさそうに頷いた。
「へえ。成程ねえ」
ツイムは少しムッとしたような顔で、言葉に力を込める。
「実は、その上にもう一人、兄がいるはずだ。名はルイーム。年齢はちょうどあんたぐらい。おれが物心つく前にカリオテを出たから顔は知らないが、目に特徴があると聞いている」
ルキッフは両方の眉を上げて、恍けたように笑った。
「何か誤解してるみてえだな。おれの眼帯をみて、行方知れずの兄ちゃんを思い出したらしいが、おれはカリオテの人間じゃないし、目は怪我してるだけだ。さあさあ、お連れの坊やも焦れているようだし、とっととライナさんとやらの屋敷に行こうぜ」
何事もなかったように歩き出すルキッフに、ゾイアは仕方なく先に進んで「こっちだ」と誘導した。
立ち尽くすツイムに、ゲルヌ皇子が慰め顔で言う。
「兄弟が三人いると、一人は変わり者がいる。余の長兄も相当なものだ。気にすることはない。あの男が本当にツイムの兄なら、いずれ時が来れば自分から告げるはずだ。さあ、行こう」
ツイムは力なく「ああ」と返事をすると、ライナの屋敷に向かった。
その、ゲルヌの言う変わり者の長兄ゲーリッヒは、ガルム大森林の中にいた。
ボサボサの赤い髪を一纏めに縛り、動物の毛皮を繋いだ珍妙な服を着た、日に焼けた若者である。
その横には、同じような風体をした赤毛の老人が立っている。
「若、そろそろ動き出しませぬと、チャドスめの体制が固まってしまいますぞ」
ゲーリッヒは悪戯っ子のような笑顔を見せた。
「それじゃ、ギラン、族長であるおまえから、森の民に伝達してくれ。少人数部隊で国境警備隊を襲い、すぐに逃げることを繰り返すようにと」
族長のギランという老人は不満そうに反論した。
「その程度のことでは、向こうは痛くも痒くもありませんぞ」
「わかってるさ。これは敵の目を逸らすためだ。未だにおれに対する監視が厳しいからな。おまえたちに引っ掻き回してもらってるうちに、おれは行くところがある」
「はて、何処へ?」
「沿海諸国のカリオテに行き、同盟を結ぶ。先に南の大海を押さえて、マオール帝国の船が来れないようにしなきゃ、いくらでも援軍を送り込まれるだけだ。制海権を握る、というやつさ。その上で、チャドスを潰す。なあ、わくわくするだろ?」
その沿海諸国のカリオテでは、ツイムの次兄ファイムがスーラ大公に呼ばれていた。
臣下に対しても腰が低い大公は、申し訳なさそうに詫びた。
「忙しいのに呼び立ててすまんな」
ファイムは大きく首を振った。
「とんでもないことです。わが身は、大公殿下に捧げたもの。ご遠慮されることなど何もございません」
「うむ。では、遠慮なく言おう。また困った問題が起きた。おまえの智慧を借りたいのだ」
「智慧という程のものではありませぬが、お役に立てるようでしたら、お伺いします」
「頼む。実は、内々に同盟の打診があったのだ」
「ほう。どこの国でございますか?」
スーラ大公は困ったような表情になった。
「それが、国ではないのだ」
ファイムは、何か思い当たることがあるのか、「もしや」と声を上げた。
「ガルマニアの反政府勢力ではありませぬか? それらしい噂を耳にしましたが」
ところが、スーラ大公は、ゆっくり頭を振った。
「そうではないのだ。同盟を申し込んで来たのは、海賊たちだ」
「何ですと!」
その頃漸く、サイカ包囲戦失敗の第一報が、バロードの聖王宮に届いた。
聖王カルスは、その名に相応しからぬ激昂ぶりであった。
「許さん! 一万の兵の家族・親族は全て捕縛し、投獄せよ! 場合によっては処刑も辞さぬ!」
これを止められるのは、母のドーラしかいない。
「これこれ。そんなことをすれば、国が麻痺してしまうぞえ。少し冷静におなりなされ」
「しかし、母上。これでは中原統一の夢が叶いませぬ」
ドーラは年齢を重ねても猶美しい顔で、嫣然と微笑んだ。
「考え方を変えましょうぞ。ウルスラもニノフもわが孫。われらのために、せっせと領土を拡張してくれている、とのう。後は、それをわれらのものにするだけ。聖剣さえ取り戻せれば、二人共、すぐに素直な良い孫になりますとも」
「それはそうですが、時間が」
「焦ることはない。自由都市や、滅びた小国ぐらい、いつでも取り戻せまする。わたしたちは、もっと大きな獲物を狙いましょうぞ」
「もっと大きな獲物?」
「そうじゃ。ガルマニア帝国という、腐った果実が、ほれ、もう落ちそうであろう?」
そう言って笑うドーラの顔は、魔女そのものであった。




