264 終わりと始まり(4)
サイカ包囲戦に関わったバロード軍の処遇、戦争終結の手順と会議は進み、最後に、今後の展望についてゾイアが意見を述べた。
もう夜も更けた。
本当に長い一日であったな。
朝から戦った皆も疲れていると思うから、簡単に話す。
取り敢えず休戦に漕ぎ着けるまでが難事だが、それが成ったとして、少し未来のことを考えてみたい。
われには、このままバロードが領土拡大を簡単に諦めるとは思えぬ。
よって、こちらは力を合わせ、未然にそれを防がねばならん。
南は、ロムどのたち『自由の風』が新しい都市を興して『自由都市同盟』に加盟すれば、凡そ二万の軍勢。
西は、ニノフどのの傘下に、機動軍、北方警備軍、辺境伯軍、そして『荒野の兄弟』を加えて、こちらも凡そ二万。
東は、プシュケー教団の信徒の軍勢が、今は確か二万五千。
この三者が連携し、バロードを封じ込めるのだ。
但し、この目的は、バロードに無益な戦争をさせないためだ。
いずれは、バロードとも同盟しなければならないと思う。
何故なら、われらにとって真の敵は、北方の彼方にいるという人間ならざる存在だからだ。
また、警戒すべき相手としては、東の大国ガルマニアがある。
ゲール皇帝亡き後、国内の締め付けに傾注し、拡大戦略は止まっているが、いずれ動き出すであろう。
容易ならざる相手だが、でき得れば同盟、少なくとも不可侵条約の締結を目指す。
かれらの本当に戦うべき相手は、われらではなく、虎視眈々とガルマニア帝国を自分のものにしようと狙っている、東の果ての暗黒帝国マオールの勢力であるからだ。
バロードとガルマニアをわれらの仲間に加えることができた時、初めて揺るがない平和が訪れるであろう。
今、中原は、千年続いた戦乱の時代の終わりを迎えようとしている。
その始まりがこの話し合いであると、われは信じている。
自然と拍手が巻き起こり、会議は散会した。
そして、翌日の朝。
ロムと千人長フォルスの説得を受け、包囲軍の大部分は『自由の風』と行動を共にすることとなり、湧き水が枯れて廃墟となった都市を目指して出発した。
どうしても同行を拒否し、去って行った者の中には、昨夜ティルスを襲った三人組も含まれている。
包囲軍が出発するのを待って、制服の青年ヨルム率いるプシュケー教団の人々も解散し、それぞれの国や自由都市に帰って行った。
ヨルム自身は、それを最後まで見届け、ウルスラ王女に別れの挨拶に来た。
ウルスラの傍らにはクジュケもいる。
「王女殿下がお声を掛けてくださったお陰で、われわれは一滴の血も流さずに済みました。本当にありがとうございました」
ウルスラは笑顔で首を振った。
「とんでもないことですわ。皆さんが来てくださらなかったら、今頃どうなっていたか。こちらこそ、本当に感謝しています」
ヨルムは威儀を改めて、クジュケに向き直った。
「念のため、龍馬を一頭連れて来ておりましたので、わたしだけ単独で急行いたします。聖地シンガリアに戻りましたら、取り急ぎ教主サンサルス猊下のご了承をいただいて、休戦協定の段取りを付けるつもりです。会談の場所は、シンガリアでは遠すぎますので、当方の信徒だけが住む自由都市ダナムがよろしいかと存じます。連絡は、伝書コウモリでいたしましょう。おお、そうでした。サンサルス猊下が、偶には顔を見せるようにと仰っていましたよ、クジュケ閣下」
クジュケは、お道化たように笑った。
「わかりました。曾祖父さまに、よろしくお伝えください」
出て行く者たちがいる一方、やって来る者もいた。
暁の女神の砦に詰めていた、『荒野の兄弟』のルキッフと配下の五百名である。
知らせを聞いて出迎えたゾイアを見つけ、ルキッフは馬から下りて、髭だらけの顔をクシャクシャにして笑った。
「何だよ、もう終わっちまったのかよ! 北方警備軍の渡河部隊の第一陣が到着したから、取るものもとりあえず駆けつけたのによ」
ゾイアも笑顔で、「連絡する暇もなかった。すまぬ」と軽く頭を下げた。
「いいってことよ。そんだけ大勝利だったってことだろ?」
「うむ。プシュケー教団の援軍が思いがけず来てくれて、人数も多かった。戦わずして勝つという、理想どおりの展開であった」
「なんにしろ良かったよ。ところで」
ルキッフは、少し声を低めた。
心なしか、緊張している。
「ベゼルの野郎は、あの男に会えたかい?」
「おお、昨晩は共に飲み明かしたようだぞ」
ルキッフはホッとしたように、表情を弛めた。
「そいつは良かった。また、会う前に元に戻ってるんじゃねえかと、余計な心配をしちまった」
「逆に、われは申し訳ない気持ちだ。いずれにせよ、原因はわれなのだから」
「まあ、考えたって仕方のねえことさ。ところで、立ち話もなんだ。みんながいるところへ案内してくれよ」
「そうであった。サイカを仕切る女主人、ライナの屋敷へ行こう。現在残っている者は、そこに全員集まっている」
二人が歩き始めてすぐ、ツイムに連れられたゲルヌ皇子と出会った。
ゲルヌはゾイアを見つけ、珍しく少し笑顔になった。
「おお、ゾイア将軍。今までツイムと市内の被害の様子を見て回ったところだ。余もこれからライナのところに戻る。そちらは、もしや、野盗の」
言い掛けて、失礼だったかと止めたゲルヌに、ルキッフの方から「ああ、野盗の親分さ」と笑いかけた。
ところが、ゲルヌの横に立っているツイムの様子が変であった。
ルキッフの顔、というより、その片目を覆う黒い眼帯を凝視している。
ルキッフもその視線に気づいた。
「どうした、兄ちゃん? 眼帯がそんなに珍しいか?」
ツイムは、少し震える声で、こう言った。
「失礼は承知の上だが、その眼帯を外してみてくれないか?」




