263 終わりと始まり(3)
後でわかったことだが、北方警備軍が祝杯を上げるというのは、襲撃して来たバロード兵たちの作り話であった。
かれらがタロスだと思っているティルスを一人にするため、ツイムとロックを誘き出したのである。
北方警備軍が夜営している天幕でそれがわかった瞬間、ツイムは「しまった!」と叫んだ。
せっかくだから本当に祝杯を上げようとごねるロックを引き摺るようにして、ツイムは屋敷に戻った。
ところが、奥の客間から楽しげに談笑する声が聞こえ、ツイムは首を傾げながら中に向かって、「大丈夫か、タ、あ、いや、ティルス?」と声を掛けた。
少し酔ったような声で、ティルスが応えた。
「おお、もう戻ったのか。だったら、こっちに合流すればいい」
扉を開けたツイムは、唖然とした。
そこには縛り上げ、猿轡を噛ませた曲者三人を傍に置いたまま、ティルスともう一人の大男が葡萄酒を酌み交わしていたのである。
「紹介しよう。わたしの朋友のベゼルだ。『荒野の兄弟』の闘士仲間さ。こんな身体だが、動きは素早い」
ベゼルも酒で顔を赤くしながら、「こんな身体で悪かったな」とうねうねとうねる髪を揺すって笑った。
ゆっくり向き直って、ツイムに会釈する。
「ああ、すまん。ティルスを訪ねたら、怪しげな男たちに襲われていたので、叩きのめした。縛ってもギャアギャア煩いから、口を塞いだ。おっと、これだと殺したことになっちまうな。うむ。口を閉じてもらった」
扉の外で拗ねていたロックが、ヒョイと顔を出した。
「あれ? 闘士試合の時、ティルスの付添いをしてたおっさんじゃねえか?」
言われて、ベゼルだけでなく、ティルスも「ああ」と思い出したような顔になった。
「そうだった。あの時はバポロのせいで、とても話ができるような状態じゃなかったが、感謝している。あの覆面の闘士が、ゾイア将軍だったのだな」
ロックもすっかり機嫌が直り、「懐かしいなあ。おいらも仲間に入れてもらえねえか?」と頼んだ。
「おお、勿論だとも」
すっかり置いてけぼりにされた形になり、ツイムは苦笑して告げた。
「仕方ない。襲われたことは、おれがお偉いさんたちに報告しとくよ」
その少し前に、ツイムの言うお偉いさんたちの話し合いは、始まっていた。
バロードの千人長フォルスにタロスの身の安全を心配され、ギータは「病で臥せっておるが、そういうことなら警護の者を付よう」と誤魔化した。
タロスとティルスの関係性を説明していたら、夜が明けてしまう。
「さて、決めるべきことは幾つもあるが、一番喫緊の課題は、バロードの包囲軍一万の処遇じゃな。念のため聞くのだが、バロードに戻りたいと言う人間は、どれくらいじゃね?」
フォルスは辛そうな顔で首を捻った。
「本音を言えば、戻りたい者など一人もいないでしょう。懲罰されるのは目に見えていますからね。しかし、家族のことを心配する者は、或いは、投獄される覚悟で帰るかもしれません」
バロードが共和国であった時には参与を務めていたクジュケが、「よろしいでしょうか?」と発言を求めた。皆が頷く。
「ご家族のことですが、多少の不利益は蒙るかもしれませんが、然程ご心配には及ばないと思いますよ。何しろ一万名のご家族です。大変な人数ですし、親戚まで含めれば残っている兵士たちの中にも大勢いらっしゃるでしょう。下手なことをすれば、内乱が起きます。取り敢えず、不問に付して様子を見る、ということになりましょう」
フォルスはホッとしたように、「ありがとうございます」と礼を述べた。
かれ自身も、バロードに家族を残しているのだろう。
横に座っている、元はフォルスの上官であった『自由の風』のロムが「よかったな」と声を掛けてから、発言した。
「バロード軍一万については、本人たちの意向を聞いた上のことですが、できるだけ『自由の風』で身柄を引き取りたいと考えています。実は、予めこの近辺を調べたのですが、湧き水が枯れて放棄された都市が幾つもあるのです。今の技術で少し深堀りすれば、水が出るところもあると思います。そこを新しい拠点にしたいと考えております」
ライナが嬉しそうに「いいねえ。そこも『自由都市同盟』に入ったらどうだい?」と気の早い提案をした。
司会役のギータが話を引き取った。
「まあ、いずれは、ということじゃな。フォルスどの、その線で皆を説得してみてはどうじゃ?」
「はい。明日にでも早速話してみます」
と、ギータと同様に子供用の高椅子に座っているゲルヌ皇子が、大人顔負けの堂々とした態度で「余から話してもよいか?」とギータに尋ねた。
「おお、どうぞ、何なりと」
ゲルヌは軽く頷くと、一同をぐるりと見回してから、話し始めた。
「そもそも、話すべきことの順序が違うと思う。戦闘は終わったが、戦争はまだ終わってはおらぬ。先ずは、バロードとの間で休戦または停戦の合意を取り付けねば、何も始められない。その話し合いの段取りを決めるのが、最優先ではないか?」
ギータは「成程のう」と感心した。
すると、もう一人ハイチェアに座っているウルスラが、ゲルヌの提案に応じた。
「それは、わたしの役目ね。わたしから父に話してみます」
それまで黙って聞いていたゾイアが、「われからもよいか?」と手を挙げた。
「ウルスラ王女のお気持ちは尊いが、父と子、しかも、その背負うものが大国と都市国家では、向こうに分があり過ぎる。和平交渉は仲介者が必要だ。それも、独立した大きな勢力がよい」
ゾイアの横に座っているプシュケー教団の詰襟制服の青年、ヨルムがニッコリと笑った。
「そのお役目、お引き受けいたしましょう」




