262 終わりと始まり(2)
ライナの屋敷の会議室でウルスラたちが戦後の処置を話し合っている間、ツイム、ロック、そしてティルスの三人が待たされているのは、包囲軍の総攻撃が始まるまでティルスが寝かされていた奥の客間である。
当然のことながら、ロックは不満たらたらであった。
「おいらたちは部外者扱いかよ! そりゃ、バロードにも、サイカにも、直接的な縁は薄いけどよ! だったら、あのサラサラ赤毛の坊やは部外者そのものじゃねえか!」
自分が会議から外されたことより、ゲルヌ皇子が入っていることの方が腹立たしいようである。
これには、ロックの同郷のツイムが異を唱えた。
「いやいや。おまえは早めに外に出たから知らんだろうが、サイカ防衛の策戦は殆どあの赤毛の皇子が立てたんだぜ。戦略眼があるし、色んなことの知識もある。しかし、何よりも、人心収攬の術を知ってる。あの皇子がいなけりゃ、おれたちは敵より先に一般市民に殺されてたかもしれん。全く、末恐ろしい皇子だよ」
ロックは両方の眉を上げて見せた。
「ふん。随分肩入れするじゃねえか。ツイムの兄ちゃんは、ウルスラ王女こそ統治者に相応しい、って言ってたじゃねえか」
「ああ。今でもその気持ちは変わらん。主君を選べと言われたら、一も二なくウルスラ王女さ。だが、それは平時の話だ。王女に戦いの指揮は任せられない。だから、理想を言えば、お二人が結婚してくれれば、バロードとガルマニア帝国が結びつくことになるし、万々歳なんだけどな」
ロックの返事は「けっ!」というものだった。
二人がざっくばらんに話している横で、ティルスは黙って窓の外を見ていた。
その横顔には、謹厳実直なタロスの人格にはない哀愁のようなものがある。
ティルスは、ふと、二人の方に向きを変え、「足音が近づいている。誰か来るようだぞ」と教えた。
二人の会話の内容にはわからぬところもあったが、他人に聞かせない方がいいと思ったようだ。
すぐに扉の外から男衆らしき声がした。
「畏れ入ります」
一応、部屋の主であるティルスが、「いいぞ、入れ」と告げた。
「あ、いえ、伝言ですので、よろしければここで申し上げます」
「おお、そうか。では、言ってくれ」
「はい。こちらの部屋にいらっしゃるはずのツイムさまとロックさまに、北方警備軍のみなさまより、です。ささやかながら祝杯を上げているので、お二人にも是非お出でいただきたい、とのことでございます」
形の上では、二人とも北方警備軍に籍を置いているから、当然と云えば当然であろう。
不貞腐れていたロックの顔がパッと輝いた。
「いいじゃねえか! 行こうぜ、ツイムの兄ちゃん!」
言われたツイムは、ティルスをチラっと見た。
ティルスは微笑んで、「わたしのことなら、気にせず行ってくれ」と告げた。
ツイムは、ややホッとしたように、軽く頭を下げた。
「すまねえ。おれも何人か知っている顔を見かけたが、とても話をする余裕がなかった。まあ、北方警備軍には祝杯などという慣習はないんだがね。そもそも、北長城は常在戦場だったからな。しかし、せっかくだから、ちょっとだけ話をして来るよ」
「おお、そう言わず、ゆっくりして来てくれ」
二人がいそいそと出て行ってから暫くして、また、男衆らしき声がした。
「あの、今度はティルスさまに会いたいと、お客さまがお見えです」
「わたしに、客? はて、誰だろう?」
「それが、会えばわかるからと、名前を仰いません」
ティルスはピンときた。自分にそんなことを言う相手は、一人しか思いつかない。
自然に笑みが零れた。
「そうか。ベゼルだな。ああ、どうぞ、通してやってくれ」
「畏まりました」
男衆が廊下を下がって行く足音が、不意に止まった。
「困りま」
男衆の言葉が途切れ、ドタッと人が倒れるような音が響く。
異変を察して、ティルスは反射的に腰に手をやったが、そもそも病人ということで入っていた部屋だから、武器は置いていない。
戦闘中に借りていた長剣は、既に返していた。
「まずいな」
考える間もなく、扉がバーンと開き、抜身の剣を手に持った三人の兵士が入って来た。
皆、血相が変わっている。
一人が前に進み出て、ティルスに剣を突き付けた。
「ついに見つけたぞ、君側の奸! 天誅を加えに参上した! 覚悟せよ、タロス!」
ティルスは驚くと同時に、頭痛がするのか、頭を押さえて顔を顰めた。
「タロス? あ、いや、わたしはティルスという者で」
「問答無用!」
先頭の一人が斬り掛かって来るのと同時に、前に出ようとした残りの二人は、後ろから何者かに一本ずつ足を引っ張られ、ドスン、ドスンと倒れた。
その隙に、ティルスは斬りつけてきた剣を躱し、相手の手首を掴んで、背負うようにして床に投げつけた。
「腕は鈍っちゃいないようだな、ティルス」
そう褒めた男は、引き摺り倒した二人から剣を取り上げた。
そのまま二人に馬乗りになり、一纏めにしたうねうねとくねる長い髪を揺すりながら、笑っている。
ティルスも破顔した。
「よう、ベゼル!」
「おお、久しぶりだな!」
二人は曲者を縛り上げると、ガッチリ握手を交わした。




