261 終わりと始まり(1)
この時点で、サイカの城壁内にいるバロード軍は約二千名、その内半分は裏門の近くにいたため、ウルスラの話も、それに呼応する「王女と共に!」という仲間たちの声も、途切れ途切れではあるが聞こえて来ていたため、目に見えて戦意を喪失していた。
但し、その他の方面では未だに激しく斬り結んでおり、下手な止め方をすれば、却って双方に死者を出してしまうことが懸念された。
市街の中央付近のやや高い位置に空中停止したゾイアは、片腕だけでウルスラを抱えるように持ち替え、空いた方の手を差し出した。
「これは、先に一喝する必要があるようだ。王女よ。すまぬが、その声を大きくする道具をわれに貸してくれぬか?」
「え? ああ、いいわ。どうぞ」
道具を受け取ると、ゾイアはウルスラに「確り耳を塞ぐのだ」と告げた。
その意味がわかり、ウルスラは両方の掌で必死に耳を押える。
ゾイアはスーッと息を吸い、道具に口を寄せた。
「みな聞け! われは北方警備軍のゾイアだ! プシュケー教団の四万の援軍が到着した! 最早勝敗は決したのだ! 速やかに戦いを止め、ウルスラ王女の話を聞け!」
少し間を置き、ゾイアは耳を塞いだままのウルスラの肩をつついて道具を渡した。
「今ならよかろう。先程の話をしてやれ」
「わかったわ」
ウルスラは、先ずサイカの人々に迷惑をかけたことを詫びてから、バロードの兵士たちには、外の五千名の時より幾分表現を抑えめにして話した。
やはり、つい今し方まで戦っていた兵士たちは気持ちの切り替えが難しいようで、不貞腐れる者、泣き出す者、感情を失くしたように立ち尽くす者など、外の五千名に見られたような高揚を示す者は少なかった。
それでも、一応、戦闘は止まったのである。
「これでよかったのかしら?」
心配そうに尋ねるウルスラに、ゾイアは力強く頷いた。
「ああ。王女は良くやったと思うぞ。後の処理は、大人たちに任せればよいのだ」
ゾイアは静かにそう諭したが、そこへクジュケが慌てて飛んで来た。
「ああ、すみません、王女殿下、もう一回お願いします。野外で交戦している双方の三千名ずつの戦闘が、いよいよ激しくなっておりまして」
ウルスラが返事をする前に、ゾイアが心配そうに「できるか?」と聞いた。
ウルスラは少し疲れた顔になっていたが、「それがわたしの務めだから」と微笑んで見せた。
「わたしが話すことで、一人でも多くのバロード人が死なずに済むのなら、何度でもやるわ」
「おお、よくぞ言った。では行こう。今度は野外故、われも遠慮せずに声が出せる」
「まあ、あれで全力じゃなかったの?」
呆れるウルスラに、クジュケが焦ったように「すみません、お急ぎください」と声を掛けた。
「ごめんなさい。では、ゾイア、行きましょう!」
「うむ」
野外で戦っていた者たちは、こちらの状況がわからぬため、余計に説得に時間がかかった。
それがギータの策戦とは知らず、互角に戦っていると思っていたであろうから、尚更である。
まだ納得していない者もいたかもしれないが、先に停戦を受け入れた五千名が自ら武装解除した姿を見せることによって、漸くかれらも矛を収めた。
こうして、商人の都サイカの包囲戦は、一応の終結を迎えたのである。
しかし、戦争というものは、始める前よりも終わった後の方が難しいとも云う。
既に日も傾いて来ており、不測の事態を避けるため、各勢力が離れて夜営することにした。
但し、プシュケー教団は壮年の男性だけを残し、女性や老人、僅かに加わっていた未成年者は帰した。
それでも、凡そ二万五千人が残った。
ウルスラは、全員帰ってもらってもいいのではと提案したが、ヨルムと名乗ったあの詰襟制服の青年が笑って首を振った。
さすがに、この和平がまだまだ危ういものだと感じているのであろう。
その上で、各勢力の代表が集まって、この後のことを話し合うこととなった。
場所は、例によって、ライナの屋敷である。
人数の均衡を考慮し、サイカ側からは、代表のライナ、交渉事の専門家としてクジュケ、知恵袋のギータの三人。
バロード側として、微妙な立場ながらやはりウルスラ王女、『自由の風』のロム、敵として戦った包囲軍の代表として千人長のフォルスという金髪碧眼の男の三人。
更に傍聴役として、ゲルヌ皇子、ゾイア、プシュケー教団の制服の青年ヨルムの三人。
以上の九名のみとし、ロックやツイムなど他の者は、別室で控えることにした。
最初に、ライナが口を開いた。
「腹を割って話そうじゃないか。わたしゃ綺麗ごとは嫌いでね。ここは商人の街だから、物事は損得で考えさせてもらうよ」
ライナの横で子供用の高椅子に座っていたギータが、苦笑して補足説明をした。
「つまり、恨み辛みは、水に流そう、ということじゃ」
すると、バロード軍の千人長フォルスが、おずおずと手を挙げた。
「そのことで、一つ申し上げておくべきことがございます」
自然の流れで、ギータが司会のように「ほう、なんじゃね?」と尋ねた。
「あ、はい。われわれは職業軍人です。仲間が殺されれば報復を誓いますが、それも戦闘中のみのこと。勝っても負けても、戦いが終わった後までその恨みを引きずるような者はおりません。しかし、王家に対する思いは別です。不遜ながら、現在のカルス聖王を心底お慕いしておる者はバロード正規軍には殆どいないでしょう」
フォルスは申し訳なさそうにチラリとウルスラを見て、頷いているのを確認してから話を続けた。
「それだけに、ウルス王子がお世継ぎとして傍らにおられれば、聖王もお気持ちが変わるのではと期待する者が、わが軍の中にも結構いるのです。その者たちは皆、従者のタロスどのが王子を騙して帰国させぬのだと、恨んでおります。よって、タロスどのにお気をつけていただかねば、身に危険が及ぶかもしれません。今はどうされているのでしょうか?」




