259 サイカ包囲戦(27)
包囲戦が自分の思いどおりに行かず、開戦以来ガネス将軍はずっと苛立っていた。
報告内容が気に入らないと、何の責任もない伝令を打擲したり、足蹴にしたりすることも、屡々であった。
そのため、自然に人が近づかなくなり、ロムが伝令のフリをして本営の天幕に侵入した時も、中に居るのはガネス一人であったのだ。
その辺りの事情は、元副官のロムには容易に想像ができたのである。
「本当は、首級が欲しいところだが」
一刀のもとにガネスを斬り捨てたものの、首まで獲る余裕はない。
ロムは少し大きめの声で「報告は以上にございまする!」と告げると、何事もなかったように天幕を出て行った。
一方、思いがけず野外での会戦となった、ロックとギータが率いる『自由の風』と自由都市の義勇軍、更に北方警備軍の援軍の連合軍は、優勢に戦いを進めていた。
最初は後方に控える予定であったのに、自ら最前線に出て戦っていたロックは上機嫌であった。
「どんなもんだい! こっちは鍛え方が違うんだ!」
ロックがそう嘯くのも、根拠のないことではない。
抑々、中原では弱兵の代表のように云われるバロード軍に対し、千年以上に亘って蛮族の侵攻を防いできた北方警備軍では、兵の練度に格段の差があるのだ。
総数はほぼ互角の三千名ずつでありながら、北方警備軍が前線に立つ連合軍の方が、ジリッ、ジリッとバロード軍を圧している。
と、ロックに引きずられるように自分も最前線に出て、馬上で細剣を振るっていたギータが、スーッとロックの馬に寄せて来た。
並走しながら、小声でロックに囁く。
「少し手加減するんじゃ」
ロックは馬から落ちそうになるくらい、驚いた。
「な、何を言ってんだ、この皺くちゃジジイ!」
「しっ、声が大きい。他の者に聞かれては困る。よいか。せっかく包囲軍から三千名引き離したのだぞ。ここでわしらが強く攻めて、サイカの近くに逃げ戻られては元も子もない。付かず離れず、この連中を引き付けておくのじゃ。いずれサイカ側で決着がつくまでな」
「んなこと言ってる間に、サイカが陥落しちまったら、どうすんだよ!」
ギータは普段クリッとしている目を細めた。
「わしにも確信がある訳ではない。しかし、長年情報屋をやっているせいか、不思議と勘が働くのだ。この戦いは、恐らく勝てる。問題は、その勝ち方じゃ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえぞ! 負けたらどうすんだよ!」
「これっ、声が大きい。そうならぬために、目前の敵を逃がしてはならんのじゃ」
ギータの予想どおり、戦いは大きく潮目を変えていた。
先ず一つには、変身したゾイアの活躍。
人伝には聞いていても、直接目にしたその姿はあまりにも怖ろしく、しかも、その戦闘能力は、一人で千人隊以上のものがある。
もう一つは、大将であるガネス将軍の死。
配下の兵士たちから非常に畏れられながら、本音の部分では忌み嫌われていたガネスの死は、一気に戦意を萎えさせた。
そして、何より決定的であったのは、地平線を埋め尽くすように現れたプシュケー教団の軍勢である。
如何に武器が粗末でも、かのシャルム渓谷の戦いでの勇猛果敢さを耳にしていないバロード人はいない。
ゾイアによって裏門が塞がれ、城壁の外に取り残された包囲軍は凡そ五千。対するプシュケー教団は既に四万近くにまで膨れ上がっていた。
「イーラ、プシュケー!」
「イーラ、プシュケー!」
「イーラ、プシュケー!」
唱和の声は、天地を揺るがす程に高まっている。
ここで包囲軍の兵士たちが絶望的な反撃を試みれば、双方に甚大な被害が出るであろう。
声もなくプシュケー教団を見つめる兵士たちの頭上に、その時、大きな鳥のような影が現れた。
その少し前のことである。
自ら後詰の二百名を率いてゲルヌ皇子が裏門方面に行ってしまい、残されたウルスラ王女は居たたまれない時間を過ごしていた。
中央部に残された市民たちからは、バロードに対する怨嗟の声が溢れている。
ウルスラには、それに反論する根拠も、市民を説得する弁舌もなく、只管耐えるしかなかった。
と、そこに正門方面にいたクジュケが飛んで来た。
「いやはや、酷い目に遭いました。ゾイア将軍のお陰で、怖気づいた後続の部隊が裏門に廻ってくれたからよかったものの、あのまま侵入されていたら、わたくしの短い、ああ、妖精族の末裔としてはという意味ですが、生涯も終わるところでした」
安心して饒舌になっているクジュケも、ウルスラの元気のなさに気づかざるを得なかった。
「如何されました?」
ウルスラは、クジュケが正門に行った後の出来事を、周りの市民に聞こえぬように小声で説明した。
クジュケは、痛ましそうに頷いた。
「そうでしたか。いや、そうでしょうな。それもこれも、この戦に勝ってから考えましょう。ゾイア将軍は正門を粗方片付けて、裏門も何とかしなければと、飛んで行かれました。その後、一旦中央部に戻ると仰っていましたから、おお、噂をすれば何とやら」
ウルスラも、上の方から聞こえる鳥の羽ばたくような音に気づいた。
その目の前に、フワリとゾイアが舞い降りた。
顔は人間に戻っている。
「王女よ。出番だぞ」




