258 サイカ包囲戦(26)
包囲軍側がガネス将軍に連絡を集中させているのと同様、サイカの方でも情報を集約している者がいた。
ゲルヌ皇子である。
ゾイアが援軍を連れて来たと各方面を鼓舞する伝令は、同時に戦況を調べるためでもあった。
ゲルヌは、戻って来た伝令を労うと共に、頼み事をした。
「お役目、大儀であった。休ませてやりたいが、そのまえにもう一度だけ、回ってきてくれぬか?」
この一日二日で、すっかりゲルヌに心酔したらしい伝令は、「喜んで!」と笑顔で応えた。
「では、先ず、正門のクジュケのところへ行き、誰か代わりが務まる者にその場は任せて、大至急ここへ戻るように言ってくれ。余はこの後、中央の傭兵二百名全てを連れて裏門へ後詰する故、市民たちを魔道で護ってくれと。次に、左翼のライナを訪れ、苦しいとは思うが二百か三百を割いて裏門に廻してくれと。最後に、もし、行けるようなら右翼のツイムのところに寄って、無理を承知で五十でも百でもいいから、裏門に送ってくれと伝えてくれ。よいか?」
「御意!」
伝令は早速馬に飛び乗り、駆けて行った。
話を横で聞いていたウルスラ王女が驚き、「あなたも裏門に行くつもりなの?」と尋ねる。
「ああ。あそこが勝敗の分岐点となろう。押し返せなければ、どこにいても助からぬ。よって、行くしかないのだ」
ウルスラは目を潤ませ、「悔しいわ」と嘆いた。
ゲルヌは、片頬だけで苦笑した。
「仕方あるまい。余は父から厳しく帝王学を仕込まれたのだ。人には得手不得手がある。気にすることはない」
ウルスラは首を振った。
「ううん、違うの。あなたを妬んでいるのじゃないわ。何もできない自分自身が歯痒いのよ」
ゲルヌは、また苦笑しかけた表情を、引き締めた。
「心配せずともよい。王女には、王女にしかできぬ、大事な役目が残っている」
「わたしにしかできない役目?」
「ああ。この戦いを終結させる役目だ」
ウルスラは、悲しそうに首を傾げた。
「意味がわからないわ」
ゲルヌは左右を見て、立ち聞きしている者がいないか確認してから、小声で告げた。
「よいか。敵は、おまえの母国のバロード軍だ。こちらが殺られるのは困るが、かと言って、向こうを全滅させる訳にもいかぬであろう? となれば、最後は誰かが仲裁するしかない」
ウルスラは「そう、よね」と言って、目を伏せる。
ゲルヌは更に声を低めた。
「まだ、誰にも言ってはならぬぞ。完全に勝利が確定してからだ。その前に、下手に慈悲の心で相手に接したら、こちらが殺されてしまう」
その裏門周辺では、激闘となっていた。
ティルスを中心に、七百名の傭兵全員で敵の侵入を防ぐべく障害物を作り、門から入って来る敵を押し返そうと奮戦しているのだが、徐々に押され気味になっている。
門内に入った敵の数は、既に千名は超えているようだ。
ティルスは自身も長剣で敵と闘いながら、声を嗄らして味方を激励した。
「もうすぐ援軍が来る! それまでここで凌ぐのだ!」
事実、そこへ各方面から続々と後詰が来て、こちらも人数が千名以上となったが、相手も更に門から入って来る。
「くそっ! 門を閉めなきゃ、どうにもならん!」
乱戦の中、ティルスは呻くように独り言ちる。
ふと、頭上を影が過った気がして、ホンの一瞬だけ、ティルスは空を見上げた。
「鳥か?」
ティルスが、変身したゾイアを直接見るのは初めてであった。
『暁の軍団』の砦で行われた、縄張りを賭けた闘士試合の時は、ゾイアは人間の姿で、しかも覆面をしていた。
その後、ゾイアが変身して暴れた際には、既に砦を脱出しているところだった。
尤も、タロスは光る球体の姿を見ているが、その記憶はティルスにはない。
それでも、今見たものが、単なる大きな鳥ではないことは、直観的にわかった。
その鳥のような姿が降下して来て、門の外に消えると、包囲軍の悲鳴と怒号が交錯した。
次いで、この世のものとも思えない咆哮が聞こえ、ガチャン、ガチャンと金属同士がぶつかる音が響く。
目前の敵と斬り合いながら、ティルスが眼を凝らすと、何者かが包囲軍の破城槌から鉄の盾を剥がし、壊された裏門を塞いでいる。
「誰だか知らぬが、有り難い! これで勝機が生まれた!」
届かぬながら、感謝の言葉を口にしたティルスの頭上を、再び大きな鳥のような影が戻って行った。
ゾイアによって裏門が塞がれ、戦いの帰趨がわからなくなった頃、本営のガネス将軍の許に伝令が駆け込んで来て、サッと跪いた。
「申し上げます! 裏門より侵入したわが軍五千名により、サイカは陥落いたしました!」
「おお、でかした! 後は逆にわが軍がサイカを盾として、三万のプシュケー教徒を迎え討てばよい。所詮は烏合の衆、早々に諦めて帰るであろう。これにて、大勝利じゃ!」
すると、裏門から五千名入ったと報告した伝令が下を向いたまま、「そうは行かぬでしょう」と告げた。
ガネスはギョッとして、「そ、その声は、まさか」と後退った。
「そのまさかの、ロムにございます!」
言い様、ロムは長剣を抜き放って、ガネスを袈裟懸けに斬った。




