257 サイカ包囲戦(25)
刻々と変化する包囲軍の戦況は、当然、逐一ガネス将軍の許に伝えられていた。
本営の天幕に陣取るガネスの前に、伝令が次々と駆け込んで来る。
「申し上げます! 南側城壁の雲梯部隊、二百名程内部に入りました!」
ガネスは「遅い!」と叱責した。
因みに、サイカの正門は、物資を搬入・搬出する都合上、スカンポ河のある西側を向いている。
更に正確に云えば、少し北に寄った西北西である。
よって、雲梯を架けられている左翼方面を、包囲軍の方では南側と呼んでいるようだ。
別の伝令が来た。
「報告いたします! 北側城壁の移動櫓部隊、投石機部隊の援護で約五百名が侵入に成功しました。が、その間に、裏切り者の『自由の風』に投石機を奪われ、移動櫓は破損、投石による被害も出ました! 城壁外の部隊を集め、三千名規模で追撃しましたが、北方警備軍の援軍と遭遇し、目下交戦中でございます!」
「くそっ! とうとう来おったか」
次の伝令は、恐怖のためか、歯をカチカチ鳴らしながら震えている。
「お、恐ろしい。あ、いや、失礼いたしました! 正門方面は弩六台を使用して敵に大打撃を与え、破城槌で扉を破る寸前まで行きました。ところが、突如現れた、鳥とも獣ともつかぬ怪物に襲われ、恐慌状態に陥っております!」
ガネスの顔が、怒りで真っ赤になった。
「阿呆! それが獣人将軍ゾイアだ。それで、正門は破ったのか?」
「はっ。何とか杭打ち用の木槌で破り、既に三百名が中に入って戦っております!」
「少ない!」
「申し訳ございませぬ。後続部隊が怪物に気を取られ、浮足立っておりまして」
「腰抜けどもめ!」
ガネスは、目の前の伝令がその当事者であるかのように足蹴にしようとしたところへ、別の伝令が激しい動揺を露にして駆け込んで来た。
「ひ、東口方面より、ご報告が!」
裏門のことであろう。
「何じゃ! また、失敗したのか!」
「いえ、鉄の盾で破城槌を囲うことには成功し、間もなく鉄の扉を破ることができるかと存じます!」
「おお、やったではないか。本来、あそこが一番入り易いのだ。開き次第、残りの全軍で突入せよ。それで、この戦は終わりだ」
「そ、それが」
「どうした? まだ何かあるのか?」
「はっ。周辺を斥候していた者たちが駆け戻り、信じ難いことを申しておりまして」
「だから何だ? 早う申せ!」
「はい。北東方向から、見たことのない軍勢が接近しておるそうです」
「見たことがない、とは、どういう意味だ?」
伝令自身もよくわかっていないらしく、首を傾げた。
「はあ。それが、軍勢と呼んでいいものか、武器らしい武器も持たぬ民衆のようで」
ガネスは、苛立たしげに首を振った。
「わけがわからん。碌に武器も持たぬ民衆など、それのどこが問題なのだ?」
「数、にございます。凡そ三万はおるようです」
「なにいっ!」
ガネスの頭に、先日ドーラの言ったことが蘇り、呆然と呟いた。
「そんな、まさか、プシュケー教団なのか。人数も、到達する日も、ドーラのばあさんが言ったのと、全然違うではないか」
ガネスはハッとしたように表情を変え、左右を見回してコウモリがいないか確認すると、伝令に命じた。
「すぐに調べるのだ! 同時に、総員東口周辺に集結するよう伝えよ! どちらが早いかの勝負だ。いずれにせよ、これが決戦となろう!」
ドーラが予測を誤ったのは、教主サンサルス直々に命じられたプシュケー教団の信者たちが不眠不休で駆け続けたからであった。
しかも、教団の後継者候補が二人、即ち、ウルス王子とクジュケが生命の危機に曝されていると聞きつけ、われもわれもと参戦者が増え続けたのである。
今や、人海戦術という言葉そのままに、サイカに迫りつつあった。
尤も、ちゃんとした剣や槍を持つ者は稀で、農具や只の木の棒などばかりである。
その先頭に立って、三万の群衆を率いているのは、サンサルスから今回の使命を託され、以前はウルスたちの世話をしていた詰襟制服の青年、ヨルムであった。
「さあ、兄弟姉妹たちよ、必ずや、ウルス殿下とクジュケ閣下をお救い申し上げるのだ! イーラ、プシュケー!」
「イーラ、プシュケー!」
「イーラ、プシュケー!」
「イーラ、プシュケー!」
唱和の声と共に、土煙を上げて駆けてゆく。
その少し前。
裏門を護るティルスは、敵に予測されぬよう、巨人の弓で矢を射る間隔を調整していたが、急にバイイーンという金属同士がぶつかる音が聞こえたため、異変が起きたことに気づいた。
「くそっ!」
念のため、間断なく射続けてみたが、全て弾かれているようだ。
と、中断してした破城槌の打撃が再開された。
しかも、以前より激しく叩きつけて来る。
扉の蝶番がギシギシと軋み、今にも外れそうである。
ティルスは「いかん!」と弓を捨て、振り返って傭兵たちに叫んだ。
「みんな、集まって、障害物を並べるんだ!」
遂に、ダーンという激しい音と共に鉄の扉が弾け飛び、雪崩のように包囲軍が侵入して来た。
ティルスは、長剣を抜き放ち、吠えるように叫んだ。
「ここから先、一兵たりとも通さん!」




