255 サイカ包囲戦(23)
頭部と両手のみ人間の形を留めた鳥人の形態をとっているゾイアは、正門を攻撃している破城槌から中心の丸太を抜き取り、それを抱えて飛んで、包囲軍の弩に落としたのである。
太い弦を、数人がかりで梃子を使って引く方式のバリスタの真ん中に、上から落とされた丸太がほぼ垂直に当たった。
殆ど瞬時に弦が切れ、バリスタ本体も異音をたてて砕ける。
操作していた数人もその煽りで弾き飛ばされた。
降下して来たゾイアは、バリスタから落ちた丸太を拾い上げ、再度上昇すると、次のバリスタに落とした。
「二発目!」
更にこれを繰り返していく。
「三発目!」
「四発目!」
「五発目!」
相手が呆然とする間に、次々とバリスタを破壊していった。
ところが、最後の六台目のところで、漸く衝撃から立ち直った包囲軍から、ゾイアに向けて一斉に通常の矢が射掛けられた。
忽ち針鼠のように矢が突き刺さり、空中に止まってしまったゾイアに、最後のバリスタから特大の矢が放たれた。
バリスタの矢がゾイアの胸を貫くかと思われた刹那、多数の矢が刺さった太い両腕が伸びて来て、両方の掌でピタッと挟んで止めた。
次の瞬間、ゾイアは天地が震えるような猛獣の咆哮を上げ、身体中の筋肉がバーンと膨らみ、刺さっている矢を押し出し始めた。
同時に、翼以外の羽毛が抜けて黒い獣毛に替わっていく。
顔も完全に獣人となり、剥き出された牙がガチガチと鳴っている。
身体から全部矢が抜けてしまうと、手に持っていたバリスタの矢も、両手でボキリと圧し折った。
その手も、指先は全て鉤爪に変わっている。
翼の生えた獣人に変身したゾイアは、緑色の目を爛々と光らせ、再び咆哮を上げると、包囲軍に襲い掛かった。
だが、その頃、ゾイアがせっかく破城槌を壊したにも拘らず、正門は破られそうになっていた。
昨日は焼かれ、今日は散々破城槌に衝かれ、弱っていることが明らかな正門を、包囲軍は、杭打ちなどに使う木槌でガンガン叩いたのである。
門の内側にいるクジュケには、音でそれがわかっても、どうすることもできない。
ただ、弓隊を前面に出し、門を破って入って来た瞬間に一気に射るよう構えさせていた。
遂に、木槌の一部が扉を突き破って出てきた。
「破られますよ! みなさん、弓を引いて!」
クジュケの悲鳴のような命令に、早くも何本か矢を射る者もいる。
バリバリッと大きな音が聞こえ、扉が破られたのと同時に、一斉に矢が飛んだ。
が、向こうはそれを見越し、充分に間合いを取ってから、一気に侵入して来た。
「や、槍隊、前へ!」
そう叫ぶと、クジュケは空中に浮いて、敵の突撃を避けた。
震える声で独り言ちる。
「わたくしには無理ですよ、戦闘の指揮は。得手不得手があるのですから。ああ、ゾイア将軍、早く戻って来てください」
白兵戦となっているのは左右両翼も同様だが、ツイムの担当する右翼の方が事態は深刻であった。
投石機によって岩石を投擲され、城壁から引き離されたところで移動櫓から網を下ろし、一度に大勢を投入して来たからである。
「やべえな、こりゃ」
ツイムは、自分も長剣を手に敵を斬り防ぎながら、移動櫓から第二陣が下りて来ているのを目にして危機感を募らせた。
「ちくしょう! 援軍はまだ来ねえのか!」
恰も、そのツイムの声が聞こえたかのように、伝令の馬が駆けてきた。
「ゾイア将軍が帰還され、既に参戦されております! 援軍の本体も間も無く到着との由! 方々、もう暫く奮励願いまする!」
押され気味であった傭兵部隊から、「おお!」とどよめきが起き、勢いを盛り返した。
中央部のゲルヌ皇子が、各方面への激励のために、伝令の馬を回らせているらしい。
しかし、ツイムだけは、舌打ちした。
「とても間に合わねえ。待ってる暇はないんだ。向こうは、続々と追加が来てるんだぞ」
ツイムの言うとおり、移動櫓からは第三陣が下りて来ていた。
と、移動櫓が城壁に接した後、沈黙していた投石機が、再び岩石を落とし始めた。しかも、味方の包囲軍のところへ、である。忽ち、敵は大混乱に陥った。
「どうなってるんだ? 仲間割れか?」
ツイムは訝っていたが、一先ず、自軍を城壁から遠ざけて様子を見ることにした。
「退け! 投石が止むまで、下がるんだ!」
その少し前。
ツイムの護る右側城壁の外では、移動櫓から兵士を下ろす間、打ち出しを止めている投石機のところへ、包囲軍ではない部隊が接近していた。
その数、凡そ千。
その先頭に立っているのは、子供のように小さな人影と、南方系の浅黒い若者である。
若者が「あっ」と声を上げた。
「まずいぜ、ギータ。あの櫓を伝って、どんどん中に入られてるぞ」
「うむ。丁度良い。あの投石機を奪うんじゃ、ロック」
それは、無論、ギータとロックであった。
『自由の風』の五百名と共に周辺の自由都市を回り、漸く五百人の義勇兵を集めて来たのである。
「いいか、ロック。一気に近づいて投石機を操作し、敵が集まっている辺りを狙って発射したら、すぐに逃げるんじゃ。モタモタして、こっちが敵に囲まれたら万事休す。速さの勝負じゃぞ」
ロックはニヤリと笑った。
「わかってるさ。おいらの得意技を知らねえのか? 逃げ足だけは、誰にも負けないぜ!」




