254 サイカ包囲戦(22)
サイカの上空を偵察飛行しているクジュケとゲルヌ皇子に向かって発射された弩の矢が逸れ、市街中心部に避難している一般市民のところに落下して来ていた。
それを止めようとウルス王子はウルスラ王女に変わって駆け寄って行ったが、とても間に合いそうにないと半ば諦めかけた時、大きな鳥の羽ばたくような音を聞いた。
振り返る間もなく、大きな鳥のようなものの影がウルスラを追い越し、それに合わせてバリスタの矢を目掛けて空から何かが急降下して来た。
「あ、あれは!」
それは大きな翼を背中に生やした人間の姿であった。
頭の部分にはダークブロンドの髪が靡いている。
空中でバリスタの矢を掴み取ると、反転して戻って来た。
「ゾイア!」
鳥人の姿となったのを見るのは初めてであったが、それがゾイアであることはウルスラにはすぐにわかった。
ゾイアはフワリと地上に降り立ち、翼を畳んで、人間のままの顔でウルスラに微笑んで見せた。
当然上着は脱いでいるが、頭部以外、胸も腕も羽毛に覆われている。
「待たせてすまなかった。追っつけ援軍が来るが、早く様子を見ようとわれだけ先に飛んで来たのだ」
「ああ、ゾイア、ありがとう。あなたが来てくれなければ、わたしは、わたしは……」
恐怖と緊張が一挙に解けたように、ウルスラはポロポロと涙を零している。
「心配させたな。だが、戦いはまだ終わったわけではない。辛いとは思うが、おまえは人々に動揺を見せてはならぬ。それが高貴な義務というものだ。わかるな?」
ウルスラは涙を拭い「はい」と答えた。
そこへ、上の方から「ゾイア将軍!」という声が聞こえて来た。
見上げると、ゲルヌを腕に抱えたクジュケが降りて来るところであった。
「わたくしたちを狙って外れた矢を追いかけましたが、追いつけず、どうなることかと冷や冷やしました。ありがとうございました。ですが、まだ次々と飛んで来る虞がございます。来られたばかりで申し訳ございませんが、何卒お力を」
「うむ。われもそのつもりだ。案内してくれ」
クジュケがそのまま飛び立とうとするところで、ゲルヌが「余は下ろしてくれぬか」と頼んだ。
「おお、そうでした。では、お気をつけて」
ゲルヌを下ろしたクジュケが慌ただしく飛び立ち、ゾイアもその後を追った。
残されたゲルヌは、ウルスラの泣き腫らした顔を見て、「如何(いかがした?」と尋ねた。
ウルスラは「なんでもありませぬ」と横を向く。
ゲルヌは少し考えていたが、スッとその場を離れ、二百名の傭兵と一般市民たちの方へ歩いて行った。
ゲルヌが近づいただけで、自然に人々の視線が集まってくる。
ゲルヌは大きく息を吸い、普段聞いたことがないような大きな声で人々に話し掛けた。
「皆の者! 安心せよ! ゾイア将軍が援軍を率いて来てくれたぞ!」
傭兵も市民も一斉に「おおっ!」と歓声を上げた。
ウルスラのところに戻って来たゲルヌは小声で、「ああ言ったが、まだ安心はできぬぞ」と告げた。
ウルスラも表情を引き締めて「わかっているわ」と応え、少し早口で「ありがとう」と付け加えた。
クジュケに案内されてサイカの正門方面に飛んだゾイアは、惨状を目にして「ううむ」と呻いた。
こちらの矢が届かない距離から飛んで来るバリスタの矢の圧倒的な威力に、傭兵たちは既に戦意を喪失して逃げ惑い、ガラ空きとなった正門に、ドスン、ドスンと破城槌の音が響いている。
「これはいかんな。クジュケどの、散っている傭兵を取り纏めて、せめて門の内側で防戦する態勢を作ってくれぬか。われは破城槌とバリスタを何とかしてみる」
「心得ました!」
ゾイアは一度地上に降りると手近にゴロゴロと落ちている槍を数本拾い、再び飛んで正門の外に出た。
見下ろすと、十名以上のバロード兵が破城槌の綱を引いて門に打ち付け、疲れると次に控える者たちと交替する、ということを繰り返しているようだ。
「虚仮威しも必要か」
そう呟くと、ゾイアはグッと歯を食いしばった。
すると、顔に多数の黒い点が現れて剛毛となり、顎がヌーッと伸びてきて、唇の隙間から大きな牙が生え出てきた。
首から上だけ獣人化したのである。
ゾイアは大きく口を開け、下に向かって猛獣のように咆哮した。
ギョッとして見上げる兵士たちの近くに、ゾイアは手持ちの槍を少し逸らして投げた。
だが、咆哮や飛んで来た槍よりも、ゾイアの姿そのものが、兵士たちにとって衝撃であった。
「ば、化物!」
「怪物だあっ!」
「神さま、お助けを!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、ゾイアが着地した時には、破城槌の周辺には人がいなくなった。
ゾイアは首から上だけ人間に戻し、改めて破城槌を調べた。大きな枠組みの中を覗き込む。
その中にある太い丸太のような槌の部分を両手で掴んだ。
「うむ。これは使えそうだな。ちょっと借りるぞ」
誰もいないが、一応断ってから、ゾイアはバキバキッと枠組みから槌を引き剥がした。
それを両手で抱え上げ、再び舞い上がる。
未だに止まないバリスタの矢を掻い潜るように飛んで行く。
接近するゾイア目掛けて、バリスタの照準が向けられた。
が、空中で自在に静止したり、旋回したりするゾイアに当たるはずもなく、アッと言う間に一台の真上に来た。
「一発目!」
そう叫ぶと、ゾイアは抱えている槌を垂直に落とした。




