253 サイカ包囲戦(21)
巨人の弓で重い矢を垂直に近い角度で射させることによって、裏門の破城槌を沈黙させることに成功したゲルヌ皇子は、クジュケに抱えられて再び空に舞い上がった。
まず目に入ったのは、数本の矢が突き刺さった破城槌である。
無論、今はその周辺から兵は離れているが、時間が経てば攻撃を再開するつもりらしく、構えは解いていない。
対するティルスは、相手を混乱させるためか、間隔を短くしたり長くしたりしながら、矢を射続けていた。
その様子を見て、ゲルヌは不安を口にした。
「今日一日は一進一退であろうが、明日はもう、ティルスの体力が続くまい。かと云って、替われる者もいない。万一に備え、裏門の周囲に障害物を用意させた方がいいだろう。クジュケ、取り敢えず、他所も見よう」
「畏まりました。では左翼へ」
左翼方面はライナの担当だが、多数の雲梯が架けられ、既に何名か敵兵の侵入を許していた。
昨日左翼を担当していたクジュケは、「ああ」と嘆いた。
「わたくしが居れば、雲梯など倒してやれたものを」
ゲルヌは、癖のない赤い髪を揺らして首を振った。
「いや、よく見よ。雲梯の下を数名で支えている。容易には倒せまい。いずれにせよ、この方法では大勢が侵入することはできない。ライナに任せよう」
「わかりました。では、正面へ参ります」
近づくにつれ、正門付近が恐慌状態になっているのが見えてきた。
悲鳴や怒号が飛び交い、門から逃げ出す者と、門に向かう者で大混乱に陥っている。
「こ、これは……」
言葉を失うクジュケに、ゲルヌは「もっと高度を上げよ」と命じた。
上空から正門の向こう側を見ると、ズラリと並んだ数台の車輪付きの弩から、太い矢が次々と放たれているのが見えた。
裏門でティルスが人力で飛ばしている矢以上のものを、梃子付きのバリスタを使って数人がかりで発射しているのである。
こちらの矢狭間からも応射しているが、バリスタの位置まで全く届いていない。
ゲルヌは「まずいな」と唇を噛んだ。
「恐らく、昨夜の内にバロード本国から届いたのであろう。道理で、裏門を諦めるのが早いと思った。見よ、その後ろには破城槌がもう一台用意されている。こちらの攻撃が完全に止まれば、あれを使うつもりなのだ」
その時、バリスタの一台が急に仰角を上げた。
それに気づき、クジュケが悲鳴のような声を出した。
「あっ、わたくしたちが狙われております! 一気に上昇いたしますので、お気をつけください!」
一方、今日は右翼を担当することになったツイムの方も猛攻を受けていた。
こちらは投石機による攻撃であった。
人間の頭程の岩石が、城壁を越えて切れ目なく飛んで来る。
今のところ被害は出ていないが、ツイムは傭兵たちを城壁から遠ざけ、様子を見るしかなかった。
「まいったな。危なくて近づけやしねえ」
そこへ、昨日も右翼に姿を見せた移動櫓が現れた。
昨日、ティルスにギガンの矢を射込まれた天辺の矢狭間は取り外されたらしく、ポッカリ口が開いている。
移動櫓はそのまま城壁に近づき、ピタリと壁面に接触した。
と、天辺の開口部から、目の粗い網のようなものが城壁の内側に垂らされた。
「何だ、ありゃ? 魚を獲る網に似てるな」
沿海諸国出身のツイムは、つい暢気なことを呟いた。
しかし、勿論実態は違っていた。
開口部から垂らされた網を伝って、続々とバロード軍の兵士たちが下りて来たのである。
「いけねえ!」
思わず飛び出そうとしたツイムの目の前に、ドスンと岩石が落ちて来た。
「くそっ!」
ツイムは長剣を抜き、振り返って傭兵たちを鼓舞した。
「みんな、ここが正念場だ! 頼むぞ!」
ゲルヌと交替して中央部の一般市民を護る二百名の指揮を任されたウルスは、最初から白眼視されていた。
聞こえよがしに「そもそも、こいつのせいで包囲軍が攻めて来たんだろ?」と言う者までいる。
護るべき市民たちもそれは同じで、ずっとライナの屋敷に居た子供がウルス王子と知って、傭兵たちのように露骨ではないものの、反感を持たれているのは明らかであった。
「どうしよう」
俯くウルスを励ます者など、ここには一人もいなかった。
急に騒がしくなった時も、何が原因なのか、ウルスには咄嗟にわからなかった。
「こっちに飛んで来るぞ!」
誰かの叫び声で空を見上げたウルスは、改めて自分が戦場の真っ只中にいることを自覚せざるを得なかった。
それは、クジュケたちを狙ったバリスタの矢が、風に流されてここまで飛んで来ているのだった。
しかも、そのまま落ちれば、その先には一般市民がいる。
ウルスはその落下地点目指して駆け出しながら、顔を上下させた。
瞬間的に瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
「ああっ、とても間に合わないわ!」
絶望の声を上げるウルスラの耳に、大きな鳥の羽ばたきのような音が聞こえた。




