252 サイカ包囲戦(20)
(作者註)
総攻撃も二日目となり、戦いが激しくなって、やや残酷な描写が出てきます。苦手な方は、今回を飛ばしていただいても、次につながるようにいたします。何卒、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
前日と同じく、裏門への破城槌の攻撃が開始された。
その反撃のため上空から偵察していたクジュケとゲルヌ皇子に向かって、バロード包囲軍から一斉に矢が放たれた。
それを避けるためクジュケは急上昇したが、ゲルヌは手傷を負ったようである。
微かに血の臭いがしている。
「お手当のため、一旦城壁内に戻ります!」
「いや、その前に、もう一度だけ接近してくれ」
「ですが」
「構わぬ。裏門が破られれば、手当どころではなくなる」
「わかりました」
クジュケは意を決し、自分の両腕でゲルヌの身体を庇うようにして、急降下した。
ボウッと薄く光る透明な球が、その二人を包む。
飛んで来る矢は、その球に触れると方向を変えて飛んで行く。
その代わり、クジュケはかなり力を消耗しているらしく、苦しげな表情をしている。
「い、如何でしょう?」
「位置を確認した。戻ってよいぞ」
「はっ」
反転し、城壁の内側に着地した時には、クジュケは立っているのがやっとのようであった。
肩で息をしながら苦笑している。
「飛びながら防護殻を張ったのは、初めてです」
降ろされたゲルヌは、「ご苦労であった」と労いながらも、自分の左腕を押さえて顔を顰めている。
「あ、血が!」
「大事ない。それより、早く計算したいから、少し静かにしてくれぬか」
「では、せめて包帯を」
「わかった」
差し出されたゲルヌの左腕は、上着の袖の上の方が切れ、そこから覗く二の腕に矢傷があった。
幸い、深手ではないようだ。
クジュケは懐から軟膏のような薬を出し、それを傷口に塗ると、次に包帯をとり出して巻いた。
「まずは、これで大丈夫かと」
「すまぬ」
珍しく軽く頭を下げて礼を言うと、ゲルヌは木の枝を拾って、地面に数字や記号を書き始めた。
その間にも、破城槌が裏門の鉄の扉を打つ音が響いてくる。
心配そうな顔で、ティルスが様子を見に来た。
「どうだ?」
クジュケが人差し指を自分の唇に当てた。
二人の大人が見守る中、ゲルヌは黙々と計算していたが、「うむ」と頷いて顔を上げ、ティルスを見た。
「昨夜巨人の弓の弾性と矢の重量は確認している。これから余が指示する角度で射てくれ」
「おお、わかった」
上から飛んでくる敵の流れ矢をティルスが剣で払い除けながら、三人は裏門の近くに寄った。
ここまで来ると敵の矢からは死角になる。
ティルスは、ギガンの弓に重しを付けた矢を番えた。
キリキリと矢を引くのに合わせ、胴着の袖から見える上腕の筋肉が盛り上がっているのがわかる。
その真横にゲルヌが立つ。
「最初垂直に向け、徐々に角度を下げてくれ。あ、行き過ぎだ。気持ち戻して。うむ、そこで止めて。少しだけ左に向きを変えて。もう少し。そうだ、そこだ。そのまま、思い切り放て!」
ティルスは声にならぬ気合を籠めて矢を射た。
「!」
放たれた矢は、真っ青な空に吸い込まれるように上昇し、頂点に達すると、城壁を越えて落下して行く。
門の向こう側で悲鳴が上がり、破城槌の音が止まった。
「次!」
「!」
「続けて!」
「!」
更に数本放ったところで、ゲルヌは一旦ティルスを止めた。
破城槌は完全に沈黙している。
「ティルス。取り敢えず、後は様子を見ながら適宜射てくれ。今日中に援軍が来るとは限らないから、体力は温存するように」
「うむ。わかった」
クジュケが嬉しそうに「やりましたね」と褒めたが、ゲルヌは難しい顔をしている。
「クジュケの体力が残っていれば、もう一度飛んでくれぬか?」
「え? いいですけど、どこへ?」
「裏門の攻撃が頓挫すれば、他の方面に切り替えるつもりだろう。に、しても、諦めが早過ぎる。嫌な予感がするのだ。全体を俯瞰して見たい」
「御意!」
その頃、正門を任された傭兵のヨギは、矢狭間は部下たちに使わせ、自身はその上の露台から身を乗り出して弓を射ていた。
「おいっ、何やってんだ、危ねえぞ!」
ヨギに注意したのは、これも弓の腕を見込まれて右翼から正面へ廻された顎髭のサージである。
ヨギは振り返るとせせら笑った。
「こんな高さまで矢を射れるような剛腕の持ち主は、バロード包囲軍にゃ、いやしねえよ。あんなへなちょこの矢が、このおれさまに届く訳が」
ヨギの自慢話は、ドスッという異音によって中断された。
ヨギの胸から、太い鏃が突き出ている。
普通の矢の三倍はあるようだ。
ヨギは信じられないという顔でそれを見ていたが、何か言おうと開かれた口から言葉は出ず、そのままゆっくり倒れた。
「ヨギーッ!」
ヨギに駆け寄ろうとしたサージは、次々と太い矢が飛んで来ているのに気づき、諦めて奥に下がって行った。
その正門から左翼に替わったライナのところにも、バロード軍の攻撃が始まっていた。
まず、同時に幾つもの雲梯が城壁の外側に架けられた。
昨日の失敗に懲りたのか、接地部分を数人がかりで押さえている。
その背中を踏みつけるようにして、バロード軍の兵士たちが続々と雲梯を上がって行く。
だが、昨日と違って近くにクジュケがいないため、雲梯を倒されることもなく、バロード軍は易々と城壁の上まで昇って来てしまった。
ライナの方は、それに弓隊で応戦しているが、上に向けて射るためどうしても勢いが削がれ、侵入を防ぎ切れない。
城壁の上から綱を垂らし、既に何名かは地上に降りて来ているのがライナにも見えた。
「くそっ。あの尖がり耳さえいてくれりゃ。ううん、そんなこと愚痴ってる場合じゃないね」
ライナは槍隊に向かって、大声で命じた。
「おまえたち、絶対にここで食い止めるんだよ!」
(作者より読者のみなさまへ)
今回の掲載分で、この作品は50万文字を超えました。また、もうすぐ掲載開始から一年となります。ここまでお読みいただいて、本当にありがとうございます。まだまだ長丁場となりそうですが、これからもよろしくお願いいたします。よろしければ、ご感想など、お待ちしております。




