250 サイカ包囲戦(18)
明日猛攻されるであろう裏門方面への増員を、ゲルヌ皇子は無駄だと言う。
その裏門を任されているツイムは、苦笑して尋ねた。
「随分つれないことを言うな。理由を聞かせてくれないか?」
ゲルヌは別に動揺する風もなく、平静に答えた。
言うまでもないが、サイカは城ではない。
周りを城壁で囲っているとは云え、攻撃用の設備としては正門の上の矢狭間ぐらいだ。
裏門に至っては、万が一に備えて落とし穴があるだけで、それももう使ってしまった。
つまり、明日、再度裏門で破城槌、若しくは、それに代わるものを使われたら、為す術もなく、敵が侵入して来るのを待つしかない、ということになる。
一旦敵が大挙して入ってしまえば、多少こちらの人数を増やして反撃したところで、焼け石に水だ。
このサイカが生き残る方法は、一つしかない。
それは、援軍が来るまで、決して敵を中に侵入させぬことだ。
では、どうするか。
裏門は鉄の扉だから、火矢の心配はない。
今日、破城槌を一台落とし穴に埋めてしまったが、当然予備はあるだろう。
しかし、それにも限りはあるはず。
二台目、三台目も、何らかの方法で無力化するのだ。
これについては、後で説明する。
正門については、水を入れた動物の膀胱で火矢を防ぎながら、矢狭間を最大限に活かし、切れ目なく矢を射続ければよい。
敵が正門に破城槌を持って来ないのは、どうしても矢狭間の射程に入ってしまうからだ。
左右両翼については、侵入して来るとしてもバラバラの少数部隊だ。
但し、範囲が広いから、人海戦術で個々に潰すしかない。
よって、どうしても人数が要る。
急にゲルヌが黙ったため、ツイムは何かあったのかと左右を見回したが、「あ、今のが答えか」と驚いた。
「わかったよ。左右の人数を減らせない理由はな。それより、どうやって裏門を護るのか、その答えも言ってくれ」
最早誰も、十歳の子供に策戦を聞くことに不自然さを感じなくなっていた。
ゲルヌも気負うことなく、淡々と話を続けた。
その前に、今日の戦いぶりを見て、方面の担当を入れ替えた方がよいと思う。
このサイカが城ではないと最初に言ったが、それに関して、余が気になっていたのは、物見櫓がない、ということだ。
正門に望楼が付いているが、正面の狭い範囲しか見えない。
ところが、偶々クジュケが飛んでいるのを見て、これだと思った。
謂わば、人間物見櫓だ。
だが、そのためには、方面隊長がもう一人必要になる。
余でもいいと思ったが、やはり無理がある。
そこで、ライナに左翼に回ってもらい、正門は弓の得意な人物に任せたらどうかと思う。
裏門に居た、ヨギという傭兵ならどうだろう。
それから、裏門はティルスに担当してもらい、右翼をツイムに見てもらう。
勘違いしてもらっては困るから先に言っておくが、裏門をティルスに替えるのは、その膂力が必要だからだ。
ティルスが移動楼の頂上を射たと聞いて、思いついたことがある。
通常の矢では、城壁を越えるように山形の軌道で射ては、目標も定まらず、威力も半減する。
そこで、今日ティルスが使った巨人の強弓で、通常よりうんと重い矢を山形に射るのだ。
上空からクジュケが破城槌の位置を確認し、適切な角度をティルスに指示すればよい。
皆が感心して聞いている中、クジュケが「できません!」と悲鳴のような声を上げた。
ツイムがニヤリと笑って、「敵の矢が届かないような高いところを飛べばいいんだよ」と揶揄った。
クジュケは真面目な顔で頭を振った。
「そういう意味ではありません。恥ずかしながら、跳躍の座標は丸暗記しておりますが、算術は不得意なのです。矢の軌道の計算など、とても無理です」
ゲルヌは少し考え、「ならば、余が共に飛ぼう。子供一人、抱えても飛べるであろう」と提案した。
「え? よろしいのですか?」
「うむ。中央の二百名は別の者に担当してもらおう」
「いいえ、そういう意味では。ん? 別のお方とは」
「ああ。中央はウルス王子に任せる」
その頃、ウルスの庶兄であるニノフは、クルム城で借りている執務室で首を捻っていた。
「おかしい。対応が早過ぎる」
丁度スカンポ河を渡る前の挨拶に来た北方警備軍のペテオが、部屋に入るなりニノフの呟きを耳にした。
「どうしたんです、ニノフ殿下?」
「おお、ペテオどのか。もう渡河されるのですね」
「はい。第一陣は人数を増やして千名以上が同時に渡るんで、事故がないようにおれがついて行こうと思いまして。それより、何かあったんですか?」
ニノフは、「少し待ってください」と断り、部下が訪ねて来やすいよう、いつもは開けたままにしている執務室の扉のところへ行くと、廊下を確認して閉めた。
「すみません。他の者に聞かれて、噂になるとまずいので」
「ほう。でも、いいんですかい、おれなんかが聞いても?」
「勿論です。と、言うより、是非聞いてください」
ペテオも表情を引き締めて頷く。
「わかりました。他言はいたしませんから、どうぞ」
ニノフはもう一度左右を見回し、声を潜めた。
「こちらの情報がバロードに漏れています」
「えっ!」
ニノフは人差し指を自分の唇に当てて見せた。
「バロードの間者がいるようなのです」
ペテオも囁き声になった。
「誰か、心当たりがあるんですか?」
ニノフは、苦渋の表情で、辛そうに答えた。
「恐らく、ケロニウス老師でしょう」




