24 人外の魔境
アーロンは、ウルスに「御免!」と断ると急ぎ下馬し、マリシ将軍に駆け寄ってその手を取った。
「お顔をお上げくだされ、将軍! 父の事は自ら望んだ結果。将軍には少しの責任もありませぬ」
マリシもアーロンの手を両手で包むように握った。
「勿体なきお言葉。これより後、今は亡きソロンさまに捧げたこの命は、アーロンさまのものにござります」
「身に余る光栄。父には遠く及びませぬが、何卒よしなにお願い申す」
「有難き幸せにござりまする」と太い腕でぐいと涙を拭い「おお、長旅でお疲れのところ、失礼仕りました。ささ、わが北長城へご案内いたします。大したおもてなしもできませぬが、ゆるりとお寛ぎくだされ」
「お世話になり申す」
立ち上がり、龍馬に戻ろうとしたマリシは、アーロンの馬にいるウルスに気づいた。
「そちらのお子は?」
訊かれたアーロンは、どの程度説明すべきか迷っているようだったが、続くマリシの言葉に驚かされた。
「もしや、新バロード王国のご遺児ではございませぬか?」
最早隠せないと観念し、逆にアーロンから尋ね返した。
「何故それを?」
「やはり、さようでしたか。いえ、実は、われらもつい最近知りました。クルム城が落城したと聞き、何とか情報を集めようと、多数の間者を放っておったのです。すると、辺境のどこへ行ってもバロード自治領の傭兵が潜り込んでおり、頻りと人探しをしておりました。漸く手に入れた手配書には、金髪碧眼の十歳の少年、とありました。と、なれば、ウルス王子が生きておられるとしか思えませぬ」
「そこまでご存知とあらば、隠し立てすることもありませぬな。こちらにおられるのは、正にそのウルス王子であられます。今回、北長城を訪ねて参ったのは、一つには父の遺領継承のご挨拶ですが、もう一つ、ウルス王子をお匿いいただけないかとのお願いもございます」
だが、マリシの返答は明快だった。
「アーロンさまのご要望なれど、それはできませぬ」
「な、何故!」
「北方警備の役目に差し障ることは、一切せぬのがわれらの掟。バロード自治領はともかく、背後にはガルマニア帝国がおりましょう。勿論、ソロンさまのことは無念極まりなきこと。きゃつらに鉄槌を喰らわせたいのは山々なれど、それではわれらの務めが果たせませぬ。申し訳ござりませぬが、その儀ばかりは」
アーロンは、ウルスが落胆していないか気になったが、馬上で微笑んで頷いていた。
「相わかりました。ならば、せめて次の行き先がお決まりになるまで、逗留させていただけませぬか?」
「おお、それは無論でございます。宜しければ、ご一緒に行き先を考えますし、それが決まれば安全に送り届けましょう」
「忝い」
ウルスも馬から降り、マリシに「お願いします」と頭を下げた。
マリシは、自分の孫を見るかのように、目を細めた。
「おお、良いお子じゃ。本当に申し訳ござらん。せめて滞在中は、何なりとお申しつけくだされ。まずは何より、長城の楼台よりの眺めをご覧くだされ」
マリシに先導され、アーロンとウルスの一行は長城の城門を潜った。
長城の性質上、内壁側には濠や鉄柵などもなく、鋲打ちされた門扉が開くとすぐに城内である。
入ってすぐに、楼台へ続く昇降塔の入口が見えた。
馬から下りようと腰を浮かせたウルスに、アーロンが教えた。
「騎乗のまま昇り降りができますよ」
「へえ、すごいね」
塔の内部は、緩やかな螺旋状の斜面になっており、そこを馬が並足で駆けて行く。
果てしなく続くかと思われた昇り坂も、ついに終わり、長城の楼台に到着した。最初にウルスが気づいたのは、異様な寒さであった。
「お寒うござろう」
労わるように、アーロンが肩を抱いてくれた。
「大丈夫だよ」
そう応えたものの、歯の根がカチカチと鳴りそうである。
それぞれの馬を柵に繋ぎ、マリシが先に立って楼台の扉を開いた。
「こ、これは……」
ウルスの目に飛び込んで来たのは、キラキラと輝く、結晶化した森であった。
マリシは皮肉な笑みを浮かべた。
「この位置からは、北方の美しいところしか見えませぬ。外壁の上に参りましょう」
一行は扉を出て、長城の屋上を外壁のそばまで歩いた。転落防止のため、端は胸壁で囲ってある。
「下をご覧くだされ」
マリシに言われたが、ウルスは胸壁まで背が届かないため、アーロンに抱え上げてもらい、外壁の下を覗き込んだ。
「外壁のすぐ外の赤い濠は、スカンポ河の支流から水を引いております。赤いのは、ザリガニでござる。その外側に逆茂木がありまする。これらは、全て腐死者への備えでございます。ほれ、今も何体か彷徨いておりますよ」
逆茂木と結晶化した森の間はゴツゴツした岩場となっており、ボロボロの衣服を纏ったンザビが、何人もヨロヨロと歩いている。
「あの結晶を盗もうと、北方に入った者の成れの果てでござる。北方では瘴気が強く、ンザビは昼間でも動けるのです。そのため、ああして朽ちるまで歩くか、或いは」
その時、岩場の間から、ゴーッという音と共に炎が噴き出し、通りかかったンザビの体はアッという間に燃え上がった。
「あの者は、運が良かったのです」
ウルスは言葉もなかった。




